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私は家族のため、生活のために仕事をしたいと思っています。
もちろん、やるからには責任を持って仕事をしたいし、患者さんのために一生懸命頑張りたいと思っています。
でも、私は家族を第一に考えたいんです。
職場の先輩からは、『看護師という仕事を生活のためにやるのはおかしい』『正看をとったのにもったいない』と言われます。
やっぱり、看護師という職業の特殊性から、生活のために仕事をするというのはダメなんでしょうか?
ナースの本音
■何のために仕事をしてますか?
私は、生活の質の向上、子供の教育資金のためお仕事しています。
私は正直、お金を得るために働いています。
え?生活の為に仕事したらダメなの?
はっきりいいます。生活費をかせぐためです。
そりゃ患者さんとお話ししたりするのも好きだし、看護師として責任持って仕事してますが、生活のためじゃないなら、働かないで家族と過ごしていたいです。
私が看護師を目指したきっかけは母親の命令です。そして今続けている理由はお金のためです。
■ぶっちゃけ、無償でなんてムリ。
ボランティアをされてみえる方もみえますが、私はそれほどの志ありません。
人生を看護に捧げるつもりはないです
お金が貰えないなら、看護やりません。お金を貰うからこそ、患者のことを考え日々ケアや処置を行っています。お金を貰っているから、患者の話も聞きます。笑顔で声かけをします。
じゃあ給料無しで奉仕の精神だけで、その人は働けるのか?って話です。
実習オリエンの時に担当だった師長は、「みんなはどうして、看護師になりたいと思ったの?私は看護師であれば、食いっぱぐれがないと思ったから…ただそれだけよ。」と聞かされて、仕事が出来る方だっただけに拍子抜けしたと同時に 、そりゃそうだよな…と妙に納得した記憶があります。
「看護師」という職業
■白衣の天使は幻想だ!
看護師は天使ではありません。人間なのです。
白衣の天使という言葉、あまり好きではありません。看護師の仕事は、ボランティアではありません。
看護師たる者こうあるべき、白衣の天使的な、自分よりも患者のためにとかいう考え方する人ニガテです。看護師だから何?みたいな。
■「看護」ってそんなに特殊なの?
同じ対人相手の仕事でも、何故看護師という職業に関して崇高な職業意識が求められるのでしょうか?形のない「看護」という物を患者に買って貰っているのではないのでしょうか?
看護師となったからには、崇高な意志を持って一生涯、看護だけに身を捧げなくちゃならないみたい。
看護師の大半が「博愛と奉仕の精神」で働き、「病める人々のために身をささげてる」のであれば病院経営も人件費がかからなくていいですよね。
特殊と思うのは、医療しか知らない世界の方の発言ではないでしょうか?どの職業も特殊なものだと思います。
看護師の仕事の「特殊性」って、何ですか?世の中には無数に仕事が存在する。すべての仕事に、それぞれの特徴があって、その中に「看護」という仕事が、「看護」という特殊性をもって存在する「だけ」なんですよ。
生活以外のため(なにがなんでも患者さんのため!とか)に仕事しろなどとわざわざ言う人は、医療(の中でもとりわけ看護)を特別視していたり、他の仕事を甘く見ているのだな。
看護師は職名であって生き方ではありません。生活あっての看護だと思います。
「仕事」と「家庭」
■犠牲の代償
残業の日々で、家族を犠牲にしてまで、働く意味あるのかなー。と思う日々です。
家族や私生活を犠牲にして働くことが、素晴らしいことではないことは、多くのこれまでの患者様が伝えてくださっていると思います。
仕事一番でやってたら精神的にも身体的にも持ちません。
こう言ったボランティア精神の方がいるから看護師の地位が上がっていかないのだと思います。
■プロ意識は必要だけどね
仕事に責任を持って取り組んでいるのであれば、仕事をする理由は生活のためであったり、家族第一の考えでも構わないのではないでしょうか。
きちんとした気持ちで仕事をされているのであれば、おかしいとか勿体ないとかないと思います。
どんな仕事もお金をもらうということはプロです。
給料を貰うのであればプロとしての自覚を持たないといけないのでは?
看護師というのは社会性の非常に強い立場なのだから、それなりの気概をもって仕事をしなさい、ということなのではないでしょうか。
関連トピック:「
何のために仕事をしてますか?
」
イラスト・なしま