患者さん中心のネットワークづくりに力を入れる横浜栄共済病院の看護部長・宮下京子さんは、強靱な指導力と湧き出るアイデアでさまざまな取り組みや工夫を具現化させてきました。今回は、採用に、教育に活かされた「宮下さん流」について聞きました。
「看護師を増やしてください」という切実な声から始まった
──以前は、横須賀北部共済病院の看護部長を務められていたと聞きました。
看護学校卒業後、最初に入職したのが横須賀北部共済病院で、それからは「北部」一筋(笑)。50歳で看護部長になり、そこから5年間務めましたが、横須賀共済病院との統合を機に当院看護部長への異動を命じられました。北部ではちょうど看護部のさまざまな体制が整い始めた矢先だったし、愛着もあったから、それはそれはショックでしたね。
当院に着任して1日目にまず言われたのは、「看護師を増やしてください」という一言(笑)。それも現場からでた切実な言葉でした。10対1もままならない状況に、「これは大変だ、一からやり直さなければ!」と思いを新たにしました。というのも、北部で看護部長に着任した当時と状況がまるっきり同じだったんですね。
──何か原因に心当たりがあったのでしょうか?
看護師が集まらない理由を考えてみると、北部も当院も共通していて、医師への依存性が高く、指示任せで自分で考える自立した看護をしていなかったから。看護師がイキイキと働いていない職場は、今の若い人たちには何の魅力も感じられず、すぐに辞めてしまう要因になっていたと思います。
そこで、自立した看護へ改革するために、「楽しく看護する」という発想で新体制をスタートさせることにしました。看護や医療は生命に直結しているだけに、新人時代から厳しく教育され、現場は難しくとらえがちです。遊び心や楽しさといっては語弊があるかもしれませんが、やはり緊張感ばかりでなく、もっと軽やかに、余裕をもった心で臨むことも必要だと思ったのです。
身だしなみのチェンジからキャラクターづくりまで
──具体的にはどんな工夫をされたのでしょう。
人を集めるには、興味を示してもらうことが必要です。わかりやすさ、イメージのしやすさを考え、手始めに身だしなみから変えることにしました。
白衣は当院オリジナルと業者で売れ行きナンバーワンの既存のデザインの2種類を採用、エプロンは白からピンクに、カーディガンは紺一色から淡色ならOKに、化粧をしましょう、長い髪はシュシュなどできれいにまとめましょう、といった具合です。
また、当院の紹介パンフレットを文章だけのものから、看護部キャラクターSAKAEちゃんが案内する、イラストを多用した内容に変更。教育支援や福利厚生をライフサイクルに沿って段階的にみせる工夫をしました。さらに、キャリアラダーや職種ごとにキャラクターのバッチをつくり、スタッフに配って襟元を飾ってもらいました。
──その効果はいかがでしたか
効果は抜群で、就職セミナーでは当院のパンフレットはすぐになくなってしまうほど。「可愛いパンフレットをつくっている病院を見てみたい!」と見学や面接希望が倍増しました。昨年から今年にかけておよそ120名を採用しましたが、「ここで働きたい!」と思ってもらえることが、どれほど重要かがわかりますよね。
こうなると、看護部のスタッフの意識も変わってきます。以前は見学者が来院するたびに、口を酸っぱくして「皆さん、笑顔で挨拶よ! 笑顔を忘れずにね!」と言ってきました(笑)。でも今は注目度が違うから、働く看護師たちの雰囲気も表情も格段に明るく、イキイキとしているんですね。患者さんや医師からも、「きれいになったね」とお褒めの言葉をいただいているんですよ(笑)。
すべての看護師が教育にかかわれるように
──「自立した看護」の実践については、どのようなことに気を配られたのですか。
人を育てることが最重要課題と考え、スタッフ全員が「自分が育てていく」という意識がもてるよう、教育を教育委員会などの一部の担当者任せにせず、ほとんどの看護師が段階的にかかわれるようにしました。
例えば、新人オリエンテーションでは、写真を多用して読みやすくつくり直した看護手順をもとに、講師に指名された者が講義用の指導案を作成します。それを事前に看護部でチェックし、指導しながらようやく本番を迎えます。講義では私も一スタッフとして、現場で一緒に考えながら聞くようにしています。看護師にも一人一人個性があるので、それを尊重しながらかかわることが大事なんですね。
時間はかかるしエネルギーも必要だし、道のりは長いかもしれませんが、地道な努力の積み重ねが結果的には近道になる、いつか必ず実を結ぶと信じています。新人に対して優しくなれるメリットもあるんですよ。
──宮下さんには、これまでに強く影響を受けた方はいましたか。
若い頃は、看護とは患者さんに優しくすることで、笑顔や声かけをしていればよいと単純に考えていました。そんななか30代後半で出会った教育担当婦長に、「看護をするときに、なぜ医師に判断を委ねるの?」と聞かれたんです。
当時は術後の清拭ですら、「もう清拭していいですか?」と医師の判断を受けていた時代。「言われたことだけをやっていてはダメなの?」と事あるごとにその言葉が引っかかりました。「看護っていったい何?」と悩んでいると、婦長が一冊の本をくれたのです。
※(次のページは、宮下さんが目指す看護の原点についてです。)