エッセイ

ナースのちょっとイイ話

「傾聴」の大切さを学ばせていただいた、患者さんの「最期の言葉」

2018/10/13

看護師の仕事は多岐にわたります。それ故に、気がつくと日々の業務に追われてしまい「看護って何だっけ?」と思ってしまう場面も出てきます。
今回は、患者さんの言葉から大切なことを教わった、わかさんのエピソードをご紹介します。

 

片時も忘れなかった「娘」

肝硬変の60代女性、再婚相手が介護していました。

若い頃に離婚され、実の娘さんは元夫に経済的問題でひきとられたそうです。娘さんと別れた後はアルコールに溺れる生活を送っていたようですが、娘のことは「片時も忘れなかった」と聞きました。

最期の言葉を残して

「娘を捨てたわけではないけど…こんな母親だめよね。あなたは、ちょうど娘と同じくらいね、なんにも母親らしいことできなかったから、親子みたいに話しましょ」

彼女はそんな風に言ってくださり、勤務の度によく話していました。しかし、状態は日に日に悪くなっていきました。

ある夜勤の日。

「ねえ、今日はあなたにありがとうって伝えたくなった。娘に会えないのは、仕方がないのね。おやすみ」

そう言ってくれた数時間後、急変し亡くなりました。最期の言葉でした。

時間が許す限り「傾聴」することの大切さ

これがわたしの、心に残っている患者さんからの言葉です。

もちろん業務も大事ですが、これ以降、時間が許す限り患者さんの側で傾聴するようになりました。

 

看護師ならば誰でも「患者さんの話を傾聴したい」という思いはもっているはずですが、実際はなかなかその時間を確保できないものです。
傾聴することの大切さ、そして「傾聴の時間は作るものだ」ということを学ばせていただいた、わかさんのエピソードでした。

●執筆● わか  さん
看護助手から始め、働きながら学生に。自分の誕生日である8/13が、ナイチンゲールが亡くなった日であることを知り、なんだか感じるところがありました。今でも楽しく看護師をしています。
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