ストーマ患者さんのつらさが身にしみて「自分が勉強しなくては!」と認定看護師になることを決意したのは、看護師1年目のときでした。その後、WOC 看護(現:皮膚・排泄ケア)認定看護師教育課程で学んだ彼女は、自分の役割を院内看護師全体のスキルアップとその指導ととらえ、さまざまな取り組みを続けています。
ストーマケアに燃えた熱い新人時代
牧野麻希子さんの1週間は、月曜日の褥瘡回診から始まります。水曜日は隔週でスキンケア外来を、木曜日はNSTのラウンドとカンファレンスや会議があります。そのほかの曜日も、各科から依頼のあった褥瘡やストーマ、スキンケアについて、病棟に出向いてコンサルテーションやスタッフの指導にあたるなど、まさに院内を縦横に駆け回り、さらに褥瘡チームとNSTの要となり、皮膚・排泄ケア認定看護師と日本褥瘡学会認定師としての専門性を発揮しています。
看護学校卒業後、牧野さんは同院外科病棟に勤務。当初から担当したのがストーマを造設した患者さんでした。
「当時は今と比べると装具の種類が少なく、マーキングが十分にされていなかったし、ストーマについての知識が足りなかったのだと思います。その結果、装着部からの漏れが多く、毎日のようにその処置に追われていました。カンファレンスで皆が知恵を出し合って、手探りながらも漏れない工夫をいろいろ試してみて、漏れずに1日を保てたときは本当にうれしかったですね。漏れないようにストーマを管理するのは、医師ではなく看護師にしかできないと思い、だんだんストーマにのめり込んでいきました」
ストーマ外来でケアにあたる牧野さん。学生時代に同院外科病棟に実習に来た牧野さんは、患者さん中心の看護に感銘し、入職。その1年目の冬の決意が牧野さんの今をかたちづくった
外科医師と情報交換。褥瘡対策チームは、外科、皮膚科の医師、管理栄養士などのメンバーで週に1度回診とチームカンファレンスを行う
ストーマ患者さんの「死にたい」という一言がきっかけに
ストーマケアが楽しくなってきた入職1年目の冬のある日、ある患者さんがふともらした一言が、牧野さんをストーマケアの学びへ駆り立てました。
「50歳台後半の女性の患者さんで、私が入職した当初から、胃がんの再発で入退院を繰り返していました。イレウスでダブルストーマの上に、毎日のように漏れがありました。気丈な方で前向きに治療に臨んでおり、食事できるようにするためにストーマ造設手術をした患者さんでした。その人が、夜中に漏れてしまったときに、『こんなことなら死にたい』と言った一言が、私の胸に突き刺さったのです。つらい思いを少しでも減らしたい。そのためには、もっとストーマの専門的な勉強が必要だと思ったのです」
そんな牧野さんを身近で見ていた副師長から、「ストーマをやりたいと思っているんでしょ? 応援するから、認定看護師教育機関を目指したら」と声をかけられました。
「自分でもWOCになりたいと思っていましたが、まだ1年目だったので、口には出せませんでした。でも副師長から、『やりたいのなら、周りにも言いなさい』とアドバイスされ、『私は絶対、WOCになるから見ていてください』と宣言したんです。本当に熱い1年生でした」
周りの応援があったから頑張れた
WOC看護の教育機関に入学するためには、3年以上ストーマケアの臨床経験を積まなければなりません。他病棟に異動するとストーマケアに携われなくなるため、外科にいて経験を積む必要がありました。そこを師長らがフォローしてくれ、牧野さんも2年目の終わりから、毎年1回は必ず学会発表をして、この分野での実績をつくるようにしました。
「師長、副師長をはじめ、周囲の先輩や同期の人たちが後押ししてくれたからこそ、頑張れたのだと思います。『パイオニアだからいろいろなことがあるけど、絶対に必要な存在だから頑張って』と応援してくれる人も多かったです」
「知識をつけるために、勉強は妥協しなかった」という牧野さんは、セミナーや勉強会、学会など、ストーマについて学べる機会は逃さず、さらに褥瘡についても学ぶために、設立当初の日本褥瘡学会にも入会するなど、貪欲に勉強していました。
そして、学んだことを現場に還元していくうちに、病棟内では「ストーマのことをよく知っている人」という役割ができていきました。
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