長い間ベッドに横たわるなど、同じ体勢をとり続けると、足の静脈内で血液が固まりやすくなって血流を妨げ、さまざまな悪影響を及ぼします。こうした血栓症は術後患者さんに起こりやすく、重度の場合は肺血栓塞栓症を引き起こします。若松さんは、ある講習会で血栓症の危険性を知ったことをきっかけに、病棟での予防に取り組み、自身の看護が大きく変わりました。
それまで無自覚だった血栓症予防の重要性
開腹手術後にみられる深部静脈血栓症の頻度は全体の24%。4人に1人は血栓症になるといわれますが、予防の重要性が広まってきたのはここ数年のこと。以前は周術期にかかわる医療者にもあまり知られていませんでした。3年前の若松さんも例外ではなかったといいます。
「血栓にまで意識が向かなかったというのが正直なところです。講習会で初めて、予防が大切ということを知りました」
講習会とは日本静脈学会が主催する「弾性ストッキング・コンダクター講習会」のこと。疾患についての基礎的な知識と肺血栓塞栓症予防に役立つ弾性ストッキングの使用法を普及する目的で開催されています。受講後、一定の患者指導を行った医療従事者は、日本静脈学会によって弾性ストッキング・コンダクターとして認定されます。
やっぱりやりたい! 看護師として再スタート
現在、血栓予防の専門スキルをもって活躍する若松さんですが、ここに至るまでには長い道のりがありました。母親の勧めで看護師になってみたものの、その選択に自信がもてず最初に勤めた病院は3年で退職。さまざまな職業を経験しながら、看護師の仕事を振り返るなかで、「やはり看護師がやりたい!」という気持ちになったといいます。
そして1992年、現在の職場である近畿大学医学部附属病院に入職しました。
「前職で経験のあった救命救急センターに配属されました。一通りの経験を積んだところで、志望して95年にこの産婦人科病棟に配属されました」
結婚・出産・子育て……資格取得はもう無理?
若松さんは、幅広い経験を積んでゼネラリストとしてキャリアを重ねていましたが、専門的なスキルを磨きたいという思いをもち続けていました。しかし、96年に結婚し、97年、2002年と2度の出産を経験するなかで、スペシャリストへの夢はしぼんでいかざるをえませんでした。
「患者さんにとって良い看護を目指したいと思っていて、ストーマや創傷、失禁ケアなどにも興味がありました。皮膚・排泄ケア認定看護師の勉強もしていたのですが、資格を取るには半年間の教育を受けなければなりません。遅くとも午後6時半に病院を出て保育園のお迎えに行き、その後も家事・子育てがある身ですから、資格はあきらめていました」
そんなとき、「弾性ストッキング・コンダクター講習会」の案内が若松さんの目にとまります。07年、子どもたちが小学3年生と5歳になった年でした。
「あ、これだ! と思ったんです。講習を1日受けて、レポートを出せば資格がもらえる。これなら制約の多い私にもできると。それに費用もお手頃でしたから(笑)」
ストッキングは手洗い90回まで大丈夫、替えはどこで買えるか、値段やサイズは……など具体的な知識がないと患者さんに説明できないため、カンファレンスでは、ストッキングの履き方から退院後の注意事項まで必要な情報をスタッフ全員で共有する
若松さん手作りの「着用指導書」
コンダクター資格を得て、院内で啓発活動を開始
「講習会で学ぶうちに、血栓症対策の重要性がわかり、その方法に興味がわいてきました。肺塞栓症は、術後患者さんが最初に歩くときに起こることが多いのですが、その場に立ち会うのは私たち看護師です。自分は血栓症の発生リスクが高いといわれている婦人科疾患術後患者さんを看護する立場にあったため、もっと勉強して患者さんを気遣えるようにならなくてはと感じました」
資格を取得するには、受講以外に、患者さん30人分の臨床指導内容書を提出することが必要です。07年6月に講習を受けた若松さんは、2カ月弱で30人の患者さんに指導を行い、書類を提出。8月に弾性ストッキング・コンダクターの資格を取得しました。
実は同院には血栓症対策の強力な推進役がいました。日本静脈学会の弾性ストッキング・コンダクター養成委員会の委員の一人、外科の保田知生医師です。若松さんは保田医師から助言や応援を得て、院内で資格を生かした活動を始めました。
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