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医療従事者もほとんどない!? 睡眠にまつわる学習機会
私たち日本人は、睡眠について教わった経験がほとんどありません。これは医療従事者であっても同様で、睡眠について系統的に学習する機会はとても少ないのです。実は、ほかの先進国の人たちは、睡眠を学習する機会をある程度得ています。
皆さんもご存じのとおり、睡眠は、安全で確実な業務のためには軽視できませんし、自分の健康を保つためにももちろん重要なことです。ですから、元気に働き続けるためにも、睡眠を学習しないことはとてももったいないことです。2002年頃からは、大学病院を中心に睡眠科が新設され、現在は睡眠を学べる環境が整いつつあります。本特集を機会に、自分や家族、そして、患者の睡眠マネジメントに取り組んでみましょう。
睡眠の知識で陥りがちな7つの誤解
睡眠を学んでこなかった私たちは、睡眠の仕組みを知らないがゆえに、誤った方法で脳や身体を休めようとしてしまいがちです。まずは、表1を見て、正しいと思う項目にチェックしてみましょう。
表1:睡眠に関する7つのチェックリスト
さあ、いくつ当てはまりましたか?実はこれらの質問には、すべて「そうは思わない」と答えるのが正解です。1項目ずつ、詳しくみていきましょう。
誤解1 ベッドで横になっていれば身体は休まる
→眠れなければベッドの外へ!
まず1つ目の「眠っていなくてもベッドで横になっているほうが、身体が休まる」という考えをもっていると、眠れないときにできるだけベッドで眠りを待とうとしてしまいます。実はこの行為が、寝つきが悪くなる原因となります。
私たちの脳は、「場所」と「行動」をセットで記憶します。眠れないのにベッドにいると、何か考えごとをしてしまいがちです。すると脳は、「ベッドは考えごとをする場所だ」と記憶します。そして、次にベッドに行こうとしたときには、この記憶をもとに、脳はあらかじめ考えごとをする準備をしてしまいます。「場所」と「行動」をセットで記憶することは、効率よく次の作業に移れるようにする脳の戦略ですが、これが裏目に出てしまうと、「ベッドは睡眠以外の作業をする場所」だと覚えてしまうのです。
私たちの大脳は大きいため、眠るのに少し時間がかかる構造になっています。おおよその場合、ベッドに入ってから15分間寝つけなかったら、その後1時間は眠れません。ベッドに入って「あっ、あれをやっていなかった」などと用事を思い出してしまうと、大抵15分は経っています。そんなときは、そのままベッドにいても眠れないので、思い切ってベッドを出ましょう。ベッドから出て、何かして過ごしていれば1時間後くらいに、また眠くなってくるので、そこで再び就寝します。
とにかく、「ベッドで眠っていない」という記憶をつくらせないということが大切です。これは、ベッドの上で読書をしたり、スマートフォンを使うことも同じです。ベッドは、言語野や視覚野を使う場所ではないので、脳に誤ったことを覚えさせないようにしましょう。
そうはいっても、眠る前の習慣はなかなか変えられないものです。そこで、無理に習慣を変えようとせず、場所だけ変えてみましょう。例えば、ベッドで読書をして眠りを待つ習慣があれば、ベッドの横に椅子を置いたり、ベッドに寄りかかって読書をし、眠くなってきたら本を置いてベッドに入るようにします。ベッドの縁のラインが「眠りのスタートライン」だと脳に覚えさせて、ベッドに向かえば、脳は眠る準備をスタートしてくれます。
誤解2 眠れないのは悩みやすい性格のせい
→「悩み=不眠」じゃない!
2つ目の「眠れないのは悩みやすい性格のせいだ」というのも誤解。例えば、大事な人が「最近、眠れないんだよね」と言っていたら、あなたはどう答えますか?「何か悩みでもあるの?」と答えてしまいそうならば、それはやめましょう。
後ほど解説しますが、眠りは生理現象であって、心理現象ではありません。眠れないのは、体温やホルモンのリズムの影響によるものであり、それらのリズムを整えれば眠れるようになります。これを「悩みごと」にすり替えてしまうと、不眠は治せなくなってしまいます。睡眠のリズムは、例えるなら、筋力トレーニングのようなもので、鍛えれば力がつきますし、何もしなければ力は落ちます。睡眠は、生理現象の一環と捉えて、身体づくりをしていくという考えで臨むことが大切です。
誤解3 仮眠で睡眠を補ったほうがよい
→できるだけ仮眠は避ける!
3つ目の「眠れなかった翌日は、できるだけ仮眠をして睡眠を補ったほうがよい」というのも誤解。実は、「眠れなかったとしても、翌日はできるだけ夜まで眠らないようにする」のが正解です。これは、睡眠圧という仕組みが関係しています。その仕組みは、石を飛ばすパチンコのゴムをイメージするとわかりやすいでしょう。
私たちの睡眠は、眠っていない時間が長ければ長いほど、その後の睡眠が充実します。それは、プロスタグランディンD2という睡眠物質が脳脊髄液中に溜まり、これが溜まるほど眠りが深くなるためです。つまり、眠れなかった日は睡眠物質が溜まり、睡眠圧が高まることになります。
仮眠でこの睡眠物質を使い切ってしまうと、その日の夜の睡眠までに睡眠圧を高められず、夜の睡眠が充実しなくなってしまいます。これは、交替勤務の対策にも大きく影響するため、後ほど詳しく解説します。
誤解4&5 睡眠時間の考え方と就寝時刻をそろえる習慣
→睡眠時間は1時間単位で増やす必要なし!そろえるのは起床時刻!
4つ目の「睡眠時間は、30分や1時間単位で考える」という誤解は、「1日何時間睡眠ですか?」という質問からきています。このような考えをもっていると、例えば「4時間睡眠です」と答えて「少ないですね」と言われたら、「でも、5時間にするのは無理だな」と思ってしまいがちです。
ですが、睡眠時間は、必ずしも1時間単位で増やす必要はありません。適切な睡眠時間を考えるときには、累積睡眠量が大切です。1日15分だけ早寝をすることを1カ月継続すれば、7.5時間余分に睡眠時間を稼げる―――そんなふうに考えてみましょう。
5つ目の「規則正しい生活をするためには、就寝時刻をそろえなければならない」は、4つ目の誤解と関係します。私たちは、小さな頃から「早寝早起き」が理想と言われてきました。そのため、「規則正しい生活をしましょう」と言われると、就寝時刻をそろえようとする人が圧倒的に多くなります。これが間違いです。後ほど、睡眠のリズムのところでお話しますが、脳は、朝目覚めて光を感知したら、その16時間後に眠くなる仕組みとなっています。つまり、起床が遅れると眠くなる時刻も遅れるのです。
例えば、就寝時刻を0時にそろえようと思っている人が、スマートフォンでSNSを見ていたら0時を過ぎてしまったとします。この人が睡眠時間を1時間単位で考えていると、「次は1時には眠らないといけない」と考えて、1時まで何かをして過ごします。この考え方により、慢性的に睡眠不足がつくられてしまうのです。0時を逃したら、0時5分に眠ればよいのです。
まずは、この4つ目、5つ目の2つの誤解から脱却しましょう。私たち働く人間がめざすべきリズムは、起床時刻をそろえることです。なお、交替勤務の場合は、起床時刻の差を3時間以内にすることが理想です。
誤解6&7 10代の頃のようにぐっすり眠れないとダメ
→年齢に合った睡眠をつくる!
残りの2つの誤解は、気分の問題です。眠りに満足できないという人に、「では、どんな眠りなら満足か?」と聞くと、高校生の頃の睡眠を思い浮かべる人が多い傾向にあります。「あの頃みたいに眠れないとダメ・・・・・・」。このような考え方が、睡眠の満足度を下げてしまいます。
そもそも、年齢を重ねていくと長く眠る必要がなくなります。この理由は2つあり、1つは、基礎代謝が低下することで眠る体力がなくなるためです。
もう1つは、睡眠中の脳の作業に関係します。脳は、昼間に学習したことを眠っている間に情報処理しています。10代のように未熟な年齢では、初体験のことが多く、情報処理に時間がかかります。しかし、たくさんの経験を積んでくると、過去の経験から答えを導き出せるため、情報処理に時間がかからなくなり、睡眠時間も短くなります。ですから、今の年齢にふさわしい睡眠をつくることができればよいと考えましょう。
そして、最後の「朝までぐっすり眠れないとよい睡眠とはいえない」という誤解があると、途中で目覚めてしまった場合、「今日もダメだった・・・・・・」と睡眠に不満をもつことになります。ですが、ぐっすりと深く眠るのは眠り始めから3時間程度です。朝までぐっすり深く眠り続けることはありえないので、睡眠の仕組みを理解して、過度な期待から不満に思うことを避けましょう。
いかがでしたか?睡眠に関する先入観を強くもっている人は、すんなりと考えを修正することは難しいかもしれません。そんな人は、実際の生活のなかで試しながら、睡眠が改善されていく実感を得ることで、これまでの考えを修正していきましょう。
参考文献
●菅原洋平 著:あなたの人生を変える睡眠の法則,自由国民社,2012.
(ナース専科2018年9月号より転載)