現在、ビュートゾルフサービスジャパンのコーチナースである私だが、もちろん最初からコーチができたわけではない。訪問看護師としての不甲斐なさに苦しみもがき、そのたびに利用者やご家族、そして仲間たちに助けられ成長させていただいてきた。そんなエピソードを1つ振り返ろうと思う。
『ケアリング』という概念が、いまだ確立されていない今日だが、看護の中核的概念であることについて語ろうとするとき、私は、昔一緒に働いていた看護師の言葉を思い出す。
彼は、前職でステーションの立ち上げ時から苦楽を共にしてきた男性看護師で、緩和ケアの認定看護師だった。彼はいつも「看護はケアリングだ」と口癖のように言っていた。
当時勤めていたステーションには、難病やがんの終末期にある利用者が多く、在宅看護も終末期看護も未経験であった私は、失敗と経験を積みつつ、利用者から在宅看護というものを学ばせていただいたと思っている。また当時の管理者のコーチングがすばらしく、未熟な私に「思考せよ!」と、学ぶ機会を幾度も与えてくださっていたと、今になって思う。
呼吸苦を訴え続けるALSの利用者の前で
当初、私はあるALSの利用者(以下A氏と略す)を担当していた。四肢の筋力は保たれていたが、構音障害、嚥下障害といった球症状が主体となる球型(進行性球麻痺)で、呼吸筋麻痺が前景となる症例であり、予後1年と告知を受けていた。人工呼吸器は着けないと選択し、自宅へ帰ってきたタイミングから、私が担当看護師として週2回1時間半の訪問を開始した。
A氏のニーズは、NGチューブによりバイパップのマスクと頬に隙間ができるため、リークのアラームがうるさい、リークが起きないようにチューブの固定を工夫してほしいという内容だった。そこで固定するための布絆創膏を小鼻のカーブに沿って幾層にも重ね、隙間を埋めるように固定し、リークしないことが確認できるまで何度もやり直した。
訪問看護は1時間半の予定であったが、2時間かかることもしばしばだった。運よく1時間でできた際もすぐには退室できず、A氏の目の前に正座させられ、呼吸の苦しさを訴え続けられた。
「苦しすぎる。早く逝きたい。助けてくれ。お前に俺の苦しさがわかるか?」と何度も責められ、私にとってこの訪問は苦しい時間となっていった。何もできない自分を無力で情けなく思うようになっていった。
同期の彼に相談すると、週2回のうち1回の担当を彼が引き受けてくれた。正直、半分心が軽くなった。そしてA氏のことをだれかと共有できるだけでも随分楽になった。彼とA氏はウマが合うらしく、A氏からは「彼は面白いね、いい男だ」と呼吸苦MAXでも笑顔が見られるようになった。彼が中和剤になってくれたおかげで、A氏の訪問は、苦しい訪問から少しだけ楽しみに似た訪問へ変化した。
彼にA氏の訪問で心掛けていることについて聞いてみたところ、「髙屋さん、看護はね、ケアリングなんだよ。何もできない自分でも、居続けることはできるでしょ? そ!大事なのは、どんなときも居続けること、見放さないこと、共に在るってことだと思うよ。
それにね、自分を完璧だと思ってはいけない。不完全だからこそ謙虚になれるでしょ? 結局は何もできない自分を受け入れることなんじゃないかな? それでもそばにいさせてほしいと思う気持ちなんじゃない?それに、僕はA氏を病人扱いしない」と教えてくれた。
チームで支え合い、経験知を積み成長する
訪問の場面は楽しいことばかりじゃないことを経験から知っている。精神的・身体的さまざまな苦痛の叫びを、看護師は真正面から受けることもある。利用者のより良い生き方を支えたいからこそ生じる葛藤も、苦痛を取ってあげることができない無力さも、看護師が抱える苦悩だということも経験してきた。
苦悩を抱え込まずに相談する勇気をもつことで、チームメンバーの支えや見守ってくれている心強さ、経験知(暗黙知の形式化)の共有、そうした仲間との密接で知的なかかわりからソリューションが生まれ、昨日より少し成長できた自分で、訪問の現場へ向かうことができる。
私はA氏の最期まで居続けることができた。在宅での最期だった。途中半年間、認定看護師の資格を取るために彼にA氏を託した期間はあったが、A氏の最期に間に合った。
日本看護協会によると「ケアリング」とは、
1.対象者との相互的な関係性、関わり合い
2.対象者の尊厳を守り大切にしようとする看護職の理想・理念・倫理的態度
3.気づかいや配慮、が看護職の援助行動に示され、対象者に伝わり、それが対象者にとって何らかの意味(安らかさ、癒し、内省の促し、成長発達、危険の回避、健康状態の改善等)をもつという意味合いを含む。また、ケアされる人とケアする人の双方の人間的成長をもたらすことが強調されている用語である
と記載されている*。
私自身、ケアリングについて的確に言えるまでには至っていないが、私もA氏との濃密な関わりや仲間や上司とのつながりを通して多くのことを学び、活かされた。
前職を退職して、私がいま所属している「ビュートゾルフサービスジャパン」に身を投じようと決意した理由は、私自身も経験してきた在宅現場を支える訪問看護師たちの苦悩や悲しみや喜びにコーチとして関わり、彼らの成長の一助になりたいと思ったからだ。自分のやりたい看護をチーム一丸となって叶えていくための、そのプロセスを伴走しながら共に作り上げ、共に成長していくことが、自分を含めた「ビュートゾルフサービスジャパン」というチームの役割であり、喜びであると考えている。
【引用文献】
*日本看護協会編:看護にかかわる主要な用語の解説―概念的定義・歴史的変遷・社会的文脈―.日本看護協会、2007 、p14.(2018年9月11日閲覧)(https://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/2007/yougokaisetu.pdf)