• 公開日: 2014/1/6
  • 更新日: 2020/3/26

【連載】Dr.パクのドタバタ離島医療奮闘記

第6回 患者中心の医療—すべての患者に直腸診を

看護師は夜勤のラウンドや訪問看護など、患者さんの健康状態を確認する機会が多くありますが、患者状態を適切に判断するためには、プライマリ・ケアの技術が大いに役立ちます。

本連載では、拠点病院などによる後方支援を期待できない土地で、医療・検査機器などもない患者宅で医療を提供する「へき地医療」を通じ、“究極のプライマリ・ケア”と地域医療の実際を解説します。


“患者中心の医療”って?

今やどの病院でも患者中心の医療を否定するところはありません。学生教育でも患者中心の医療が謳われています。

しかし、果たして患者中心の医療とはどのようなものなのでしょう?

大学病院で私が教育を受けた時にはもっとも高度な医療、最先端の医療を提供することが患者中心の医療だと感じていました。 研修を行った市中病院では検査偏重の医療が非難され、丁寧に問診、身体診察を行い、患者に不必要な検査をしないことが患者のためであると教わりました。

私が研修医の時に海外から著名な指導医が来て、患者のプレゼンテーションをしながら回診していたら、「すべての患者に直腸診を行いなさい」というようなことを言われました。

さすがそれは誇張があったとしても、費用負担のかからない、針を刺す訳ではない、被爆させるわけでもない、丁寧な診察を労を惜しまずしなさいという教えは徹底されていました。

失神した高齢者をみて考えるべきことは…

皆さんの施設では失神した患者さんに対して、どんな診察や検査を行いますか?

当然、バイタルチェックや基本的項目は行います。医師の診察は鑑別診断としてどんな疾患を想起しているかによります。頻度としては神経調節性失神、迷走神経反射の類が多いでしょう。しかし、致死性の疾患として不整脈や弁膜症などの心疾患に加え、高齢者なら消化管出血、女性なら不正性器出血による貧血は必ず否定しなければなりません

余談ですが、医学生や研修医がよく鑑別として挙げるTIA(一過性脳虚血発作)は椎骨脳底動脈周辺や脳幹部などの比較的稀な部位に起こさない限り、失神をきたすことはありません。通常は片麻痺か呂律難が症状としては出ます。

ともかく、臨床に真摯な医師ほど、消化管出血を否定するために、失神で受診した高齢者の便の性状を確認したがるでしょう。

離島に赴任した私は、真摯でありたいと思っていましたし、早速失神した高齢者に直腸診を行ったのです。

初めから貧血の可能性は低いと予想していましたが、万が一そうであった場合は危険でした。そしてなによりもう体に染み付いていたのです。

反射的に失神した高齢者には便の性状を確認するように―と。

何の疑問も抱かずに行った検査に島のおじぃは言われるがまま横になっていましたが、不快感を抱いていたのかもしれません。なにより診療所の看護師は拒否的な反応を示しました。

別にその理由について誰かから指導を受けたわけではありませんが、島で暮らしていく中で、自然と理解するようになっていきました。医療は場所によって正しいものも変わり、患者中心の医療もまたそれぞれなのだと。

忙しい救急病院の救急室と生活が中心の離島にある診療所は違うのです。ただ闇雲に患者のために医療を行うことが患者中心の医療ではありません。

私が考える“患者中心の医療”

モイラ・スチュワートの提唱した「患者中心の医療」にはしっかりとした技法があります。そこではまず患者の病い(illness)と疾病(disease)の両方の経験を知ることから始まります。

そして地域や家族を含めた全人的存在として患者を理解すること必須としています。

島で患者は患者でありながら、同時にサトウキビ畑を丁寧に管理する高齢者であったり、夫婦仲の良い夫であったり、育児に悩む母であったりします。全ての患者には何年、何十年の濃密な歴史があり、病いはその人生や価値観、その人の暮らす生活の中のイベントの一つです。

患者さんと対話することを忘れ、高齢者だからといって医療を過度に制限するような年齢差別(エイジング)をしたり、いつもどんな時も患者のために自分は最善の医療を尽くしている、と思い込むこと自体が患者中心の医療から外れていくことに他ならないのかもしれません。

最先端の医療機器を使用することも丁寧な診察をすることも素晴らしい医療であることは間違いありません。

しかし、一様に「この病気ならこの治療」とか「こういう診察をすることが正しい」と決めつけることはできない、と離島に行って実感したのでした。

ガイドラインやエビデンスと呼ばれる科学的に妥当性は患者の文化や背景、好みや価値観に大きく左右されます。ガイドラインを知らない医師は“ヤブ医者”かもしれませんが、いつもガイドライン通りの診療というのも“ヤブ医者”の始まりかもしれません。

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