新人看護師への教育は、厚生労働省の新人研修ガイドラインをもとに各病院が自院の方針に合わせて体制を整えています。今回は新人看護師教育について解説します。これから就職先の病院を選ぶ人、入職を控えている人は理解を深めておくとよいでしょう。
目次
新人看護師教育とは
新人看護師教育とは、看護師の実務経験がない状態で入職した人に対して、一定の期間を設けて指導を行う教育制度です。多くの病院では、厚生労働省が作成した「新人看護師研修ガイドライン」に沿って、1年を通して新人看護師教育を実施します。
新人看護師研修の目的
新人看護師教育の中心となるのが新人看護師研修です。その主な目的は、基本的な臨床実践能力を養うこと。看護師は、患者さんの健康をサポートするために、患者さんの状況や働く職場の医療機能に合わせて、看護知識や技術、倫理観、チームワークなど様々な力を身に付け、総合的に看護を行わなければなりません。
しかし、学校で習得した基礎看護能力と現場で求められる臨床実践能力には差があり、そのギャップに苦しむ新人看護師は少なくないのです。そこで厚生労働省は、新人看護師が感じるギャップを埋めるために、新人看護師研修ガイドラインを作成しました。
新人看護職研修は2010年の保健師助産師看護師法改正により努力義務化されており、現在は多くの病院が、新人看護師研修ガイドラインをもとに病院の機能や方針に合わせて独自の教育体制を整えています。
新人看護師研修のカリキュラム ~新人看護職員研修ガイドラインより~
ここでは厚生労働省が示している新人看護師研修ガイドラインのカリキュラムを解説します。新人看護師研修ガイドラインには、病院の規模や機能に関わらず新人研修が実施できるよう、新人教育の到達目標、研修方法、評価方法を示しています。
到達目標
到達目標とは、新人看護師が臨床実践能力を獲得するために、ここまでは到達したいというレベルを示すものです。新人看護師研修ガイドラインでは、到達目標を以下の3項目に分けて設定しています。
- 看護職員として必要な基本姿勢と態度
- 技術的側面
- 管理的側面
これらの到達目標はそれぞれリスト化されていますが、病院や病棟によって優先される内容は異なります。そのため、病院や病棟がそれぞれに優先順位を決め、方針に合った目標設定することが推奨されています。
ここでは、到達目標のなかでもすべての新人看護師が1年間で習得すべきとされている基本目標を紹介します。
看護職員として必要な基本姿勢と態度に関する目標
看護師としての基本的な姿勢と態度を身に付けるために設定されている目標は、以下のとおりです。
看護職員としての自覚と責任ある行動 | 医療倫理・看護倫理に基づき、人間の生命・尊厳を尊重し患者の人権を擁護する |
---|---|
看護行為によって患者の生命を脅かす危険性もあることを認識し行動する | |
職業人としての自覚を持ち、倫理に基づいて行動する | |
患者の理解と患者・家族との良好な人間関係の確立 | 患者のニーズを身体・心理・社会的側面から把握する |
患者を一個人として尊重し、受容的・共感的態度で接する | |
患者・家族にわかりやすい説明を行い、同意を得る | |
家族の意向を把握し、家族にしか担えない役割を判断し支援する | |
守秘義務を厳守し、プライバシーに配慮する | |
看護は患者中心のサービスであることを認識し、患者・家族に接する | |
組織における役割・心構えの理解と適切な行動 | 病院及び看護部の理念を理解し行動する |
病院及び看護部の組織と機能について理解する | |
チーム医療の構成員としての役割を理解し協働する | |
同僚や他の医療従事者と適切なコミュニケーションをとる | |
生涯にわたる主体的な自己学習の継続 | 自己評価及び他者評価を踏まえた自己の学習課題をみつける |
課題の解決に向けて必要な情報を収集し解決に向けて行動する | |
学習の成果を自らの看護実践に活用する |
看護師としての自覚や基本的態度は、看護師として成長していく過程で臨床実践能力の土台となる部分とされています。看護師として必要な基本姿勢と態度として示されている到達目標は、すべて1年以内に到達することが理想です。
技術的側面に関する目標
技術的側面として設定されている目標は、以下のとおりです。
環境調整技術 | 療養生活環境調整 |
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ベッドメーキング | |
食事援助技術 | 食事介助 |
経管栄養法 | |
排泄援助技術 | 自然排尿・排便援助 |
活動・休息援助技術 | 歩行介助・移動の介助・移送 |
体位変換 | |
入眠・睡眠への援助 | |
体動、移動に注意が必要な患者への援助 | |
清潔・衣生活援助技術 | 清拭 |
口腔ケア | |
部分浴・陰部ケア・おむつ交換 | |
寝衣交換等の衣生活支援、整容 | |
呼吸・循環を整える技術 | 酸素吸入療法 |
吸引(口腔内、鼻腔内、気管内) | |
ネブライザーの実施 | |
体温調整 | |
創傷管理技術 | 褥瘡の予防 |
与薬の技術 | 経口薬の与薬、外用薬の与薬、直腸内与薬 |
抗菌薬、抗ウイルス薬等の用法の理解と副作用の観察 | |
救命救急処置技術 | 意識レベルの把握 |
気道確保 | |
人工呼吸 | |
閉鎖式心臓マッサージ | |
気管挿管の準備と介助 | |
チームメンバーへの応援要請 | |
症状・生体機能管理技術 | バイタルサイン(呼吸・脈拍・体温・血圧)の観察と解釈 |
身体計測 | |
静脈血採血と検体の取扱い | |
血糖値測定と検体の取扱い | |
パルスオキシメーターによる測定 | |
苦痛の緩和・安楽確保の技術 | 安楽な体位の保持 |
感染予防技術 | スタンダードプリコーション(標準予防策)の実施 |
必要な防護用具(手袋、ゴーグル、ガウン等)の選択 | |
無菌操作の実施 | |
医療廃棄物規定に沿った適切な取扱い | |
針刺し切創、粘膜暴露等による職業感染防止対策と事故後の対応 | |
安全確保の技術 | 誤薬防止の手順に沿った与薬 |
患者誤認防止策の実施 | |
転倒転落防止策の実施 |
技術的側面の到達目標として設定されている項目は全部で70項目です。そのなかで、上記40項目が1年間で到達すべき内容とされています。どの医療施設でも必要となる診療の補助と療養上の世話に関わる基本的な看護技術が該当します。
なお、新人看護職員研修ガイドラインの技術側面に取り上げられている看護技術については、以下の記事から学べます。新人看護師が知っておきたい基礎看護技術について、目的や根拠、手順、手技のコツまで詳しく解説しています。活用してみてください。
※ナース専科より
管理的側面に関する目標
管理的側面として設定されている目標は、以下のとおりです。
安全管理 | 施設における医療安全管理体制について理解する |
---|---|
インシデント(ヒヤリ・ハット)事例や事故事例の報告を速やかに行う | |
情報管理 | 施設内の医療情報に関する規定を理解する |
患者等に対し、適切な情報提供を行う | |
プライバシーを保護して医療情報や記録物を取り扱う | |
看護記録の目的を理解し、看護記録を正確に作成する | |
業務管理 | 業務の基準・手順に沿って実施する |
複数の患者の看護ケアの優先度を考えて行動する | |
業務上の報告・連絡・相談を適切に行う | |
災害・防災管理 | 定期的な防災訓練に参加し、災害発生時(地震・火災・水害・停電等)には決められた初期行動を円滑に実施する |
施設内の消火設備の定位置と避難ルートを把握し患者に説明する | |
物品管理 | 規定に沿って適切に医療機器、器具を取り扱う |
看護用品・衛生材料の整備・点検を行う | |
コスト管理 | 患者の負担を考慮し、物品を適切に使用する |
費用対効果を考慮して衛生材料の物品を適切に選択する |
管理的側面の到達目標は、患者さんに適切な看護を提供するために必要な項目です。この項目は、それぞれの科学的・法的根拠を理解し、チーム医療における看護師の役割を理解したうえで実施する必要があるとされています。1年以内に到達したい目標は、18項目のうち上記15項目です。
教育方法
新人看護師研修ガイドラインでは、集合研修と現場教育(OJT)、さらに自己学習を組み合わせる方法が推奨されています。それぞれの教育方法の特徴をまとめました。
教育方法の種類と特徴 | |
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集合研修 |
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現場教育 (OJT) |
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自己学習 |
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現場教育(OJT)が始まってからも、病院や病棟ごとに新人看護師に向けて様々な研修が実施されています。臨床現場で実施されている研修例と特徴をまとめました。
新人看護師向けの研修例と特徴 | |
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定期的な集合研修 |
段階的に看護知識や技術を学ぶ定期的な集合研修 |
外部講師を活用した研修 |
経験豊富な外部講師による研修 |
外部団体主催の集合研修 |
教育機関や職能団体主催の集合研修 |
他職種との合同研修 |
院内の他職種と合同で行う研修 |
ローテーション研修 |
配属先以外の複数の部署で実務研修 |
そのほか、新人看護師を支える工夫としてプリセプターシップ制度やチーム支援制度を導入しているところも多いようです。
評価方法
新人看護師研修ガイドラインでは評価方法として、チェックリストを設けています。チェックリストは、入職後から1、3、6カ月、1年後と定期的にチェックを行い、項目ごとに「未経験」から「1人でできる」までの4段階で評価する仕組みになっています。
実際の現場では、新人看護師研修ガイドラインのチェックリストを参考に、病院ごとに必要な能力に合わせてチェックリストを作成・活用しているようです。チェックリストの細かい内容は、病棟ごとで異なる場合もあります。これは病棟によって身に付けなければならない技術と知識が異なるためです。
また、病院によっては、病棟全体で新人教育に携わるための新人ノートを作成し、教育状況や評価状況をスタッフ全員で共有したり、1カ月ごとの学びレポートで成長具合を評価することもあります。
新人看護師の1年間の研修スケジュール例
ここでは、新人看護師研修ガイドラインに掲載されている1年間の新人看護職員研修プログラム例を紹介します。
引用:厚生労働省:新人看護師研修ガイドライン
一般的に年間プログラムを決めて新人教育に取り組んでいる病院がほとんどですが、教育内容や各研修が行われる時期は病院によって異なります。以下で紹介する内容と時期は、あくまで一例として参考にしてください。
4~6月
入職後数日間は、オリエンテーションで主に病院組織や各部署の役割、職場規則、医療安全などを学びます。配属後に現場教育(OJT)が始まると、まずは先輩看護師に同行して1日の流れや患者さんへの対応を学ぶシャドーイングが行われます。この期間は、業務や看護技術について、見守りによる実践から独り立ちへという流れで習得を進めていくのが一般的です。
新人看護師の勤務形態としては、平日の日勤からスタートし、週末の日勤、遅番や早番、夜勤と段階を踏んで経験していく病院・病棟が多いでしょう。早いところでは6月頃から夜勤の見習いが始まります。
7~9月
7〜9月は実践力を強化する時期です。複数の患者さんを受け持ちながら、優先順位を考えた1日の業務の組み立て、入退院の対応、薬剤管理などの業務を経験します。集合研修ではより専門的な看護技術を学び始める時期になるでしょう。病院によっては夜勤の独り立ちを目指すところもあります。
10~12月
10〜12月は、病棟の特徴に応じた専門性を身に付ける時期です。例えば、外科病棟であればオペ出しやオペ直後の業務、呼吸器科であれば人工呼吸器の取り扱いなど、専門的な業務の開始や看護技術の独り立ちを目指します。
また、プライマリーナースとして、受け持ち患者さんの入院から退院までを通した看護計画や評価を任されるようになるでしょう。
1~3月
1〜3月は入退院や他部署との連携など、ほとんどの業務で独り立ちしていく時期です。常に指導を受けながら行うのではなく、先輩看護師に報告、連絡、相談したうえで自ら行動します。
新人教育期間の締めくくりとして、ケーススタディ(事例研究)の発表や振り返りレポート、指導者や師長との面談が実施されることもあります。
新人看護師の研修に関するQ&A
ここからは新人看護師研修に関するよくある質問にお答えします。
Q:どの病棟に配属になっても新人研修の内容は同じ?
新人研修の細かい内容や教育方法は、同じ病院でも病棟によって異なる場合があります。病院では新人看護師研修ガイドラインを参考に大枠の教育方針を打ち出し、各病棟が担う役割に応じて新人教育を実施しています。
そのため、病棟によって習得すべき看護技術や年間の教育スケジュールが違ったり、導入している教育方法が異なっていたりする場合があります。
Q:新人看護師の教育制度がない病院もあるの?
新人看護師の教育制度は法律により努力義務化されています。しかし、規模が小さな医療施設や新卒看護師の受け入れが少ない医療施設では、教育体制が整備されてない場合もあります。
そのため、今まで新卒の受け入れをしていなかったクリニックや、新規に開業した訪問看護ステーションなどでは、十分な新人教育を受けることが難しいかもしれません。新人教育は看護師としての基礎となるため、教育体制が整っている病院を選ぶことをおすすめします。
Q:看護師は2年目以降も教育を受けるの?
看護師は専門職として経験やスキルを積み上げていくことが必要です。そのため、2年目以降も継続的に成長できる教育体制を整えている病院は多いでしょう。
病院によって教育制度の内容は様々ですが、多くの病院ではクリニカルラダー制度が取り入れられています。クリニカルラダーとは、新人レベルからエキスパートレベルまで段階別に達成目標を定め、実務能力を高めていくための教育制度です。
新人教育や研修の概要を理解しておこう
新人教育の目的は、学校で学んだ基礎をもとに臨床実践能力を身に付けることです。教育制度は厚生労働省の新人看護師研修ガイドラインに沿って、病院機能や教育方針により病院ごとに整えられています。病院選びの判断材料として、そして入職後のイメージを持つためにも、新人教育について理解しておきましょう。
参考
厚生労働省:新人看護師研修ガイドライン【改訂版】(2024年1月31日閲覧)