産業保健師になるために学生時代から計画的にキャリアを積んだ石田菜摘さん
看護師のさまざまな働き方を紹介するコーナー。第9回は学生時代に産業保健の道に進むことを決め、計画的に経験を積みながら、新卒で産業保健師になった石田菜摘さん。現在は、「リモート産業保健」というサービスの運営を担当。また、産業保健に携わりたい看護師や保健師を育成することにも力を注いでいます。そんな石田さんが、ここに至るまでの経緯や苦労、やりがいなどを聞いてみます!
産業保健とはどんな仕事ですか?
一言で表すと、労働者の健康管理に携わる仕事です。健康な方が健康な状態を維持できるように、また何かしらの不調や疾患を抱えている方はそれらとうまく付き合いながら働き続けられるようにサポートしていく仕事です。
産業保健に従事するには保健師免許が必須というわけではなく、看護師が担当する場合は産業看護ということもあります。職種は、産業看護職や産業保健職となります。
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どんな人を対象としていますか?
担当企業で働いている全従業員が対象になります。不調を抱えている方はもちろん、それ以外の健康な方も含まれます。
産業保健という仕事があるのは、労働契約法において「安全配慮義務(企業などの人を雇用する事業場は、従業員の健康や安全に対して必要な配慮をする義務を負うこと)」が定められているからです。企業は従業員が健康で働き続けられるように健康や安全を守る義務があり、それを遂行するために私たち産業看護職が関わっています。
臨床看護と大きく異なるところはどこですか?
「健康課題を持っていない方」を対象とすること、人事や労務と協働することでしょうか。
産業保健対象者は、血液データが悪くても身体的不調が顕在化していないということも多く、自身の健康面に目が向いてないケースがほとんどです。さらに、産業保健では産業看護職や産業医のほかに人事や労務の担当者も関わっているため、労働者と企業双方への意識変化をアプローチする必要があります。
病院であれば「この疾患を治したい、この症状を良くしたい」という、医療従事者と患者さんの共通目標があるのでアプローチがしやすいのですが、産業保健では従業員の健康課題が顕在化していないと「うちの会社はみんな健康だから労務として特にすることはない」となってしまうこともあります。
産業看護職の役割や必要とされる視点とは?
からだの変調には気づけても、精神的な不調にはなかなか気づけないものです。産業看護職の大きな役割は、身体面だけでなく精神面の不調に対しても上手に付き合っていけるようにサポートすること、そしてそれを従業員に理解してもらうことだと考えています。
また、産業看護職としてつねに意識し大事にしている視点として「働くこと自体が何かしら心身への負荷になる」ということがあります。
何か不調が起こったとき、症状にだけ目を向けてしまうと必ず見落としが生じます。労働自体にも原因がある可能性を理解していないと、状態がどんどん悪化してしまうこともありえます。働くことが原因になっていないかを知るためには、従業員自身に心身の健康と向き合ってもらうことも大切です。
ほかには、担当企業の業務内容についても詳しく知っておくとよいですね。職種や部署によって心身にかかる負荷はさまざまで、健康課題も異なります。例えば、営業職は飲み会が多いので肝臓機能に注意する、力仕事が多ければ腰痛に注意するなどでしょうか。コールセンターで働く方はメンタル面での相談が多いですね。クレーム対応による精神的負荷が大きいという特徴があるためです。
産業保健は人気がある職業だとお聞きします。求人倍率はどのくらいですか?
求人によって異なりますが、高いところだと40倍といわれています。そもそも求人が少なかったり、紹介や人づてに決まってしまったりすることがよくあるからです。
また、結婚や妊娠・出産を機に働き方を変えたいという理由で産業保健への転職を希望するケースもよく聞きます。この仕事は平日9時から5時で働くことが多いので、プライベートとのバランスがとりやすいのです。
臨床経験年数が長い方では「何か新しいことにチャレンジしたい」という理由で転職を検討するケースもよく聞きます。産業保健は臨床ではなかなか経験できない職務なので、そこに魅力を感じるのではないでしょうか。
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「ナース専科」を運営しているエス・エム・エスでも、産業保健サービスを提供しているそうですね。エス・エム・エスの産業保健サービスの特徴を教えてください。ほかの産業看護職と何が違いますか?
一般的な産業看護職は、主に企業に常駐して従業員の健康管理をメインに扱います。大企業であれば従業員数も多いため、複数人体制で健康管理に従事していることもあります。
一方、株式会社エス・エム・エス(以下SMS)では「リモート産業保健」というサービスを提供しており、複数の企業の健康管理を産業保健師・産業看護師の皆さんと一緒に行っています。私はこの「リモート産業保健」の運用に携わっており、現在は産業保健師・産業看護師の採用と同時に、未経験から始める方の育成を担当しています。
リモート産業保健サービスに契約いただいている企業の従業員数は、中小企業が多いです。これぐらいの規模であれば常駐で産業看護職をおく必要はありません。そして産業看護職の業務量としても月に数回程度の勤務で事足ります。そういった中小企業の需要に対応している産業保健サービスはあまりなかったこともあり、たくさんの企業様からお問い合わせをいただく結果となりました。
未経験者でも産業看護職に就くことはできますか?またそれは、どのようにしてなれますか?
未経験から入職した方がほとんどなので、回答としては「できる」になります。もちろん自身で勉強していくことも大切です。必要な知識やスキルを身につけながら働くことで、未経験でも産業看護職は始められます。
当社のリモート産業保健サービスでは、プリセプター制度のようなものを取り入れています。基本的に1社につき産業看護職を1名配置している状況ですが、もしわからないことがあれば都度プリセプターに相談してもらっています。完全に1人で対応するというより、わからないことはプリセプターと協力しながら取り組んでいくイメージです。
石田さんが産業保健師として新人だった頃の勉強方法を教えてください。
私の経験談だと一般論にならないかもしれないですが、 私の経験と一般論として知っている部分とを合わせてお話しさせていただきますね。
私は大学時代から企業へのインターンを始め、卒業までに2社経験してきました。卒業後は2社目の会社に就職しました。その後、現在のSMSに転職し、インターンから合わせると3社目になります。
新卒の時点で、すでにインターンとして2年ぐらい働いていたため、完全に未経験ではなかったと思います。もちろんインターンをしていた頃は大学生でしたので、産業保健で使用する資料作成などの関連業務を担当していました。
産業保健に関する専門的な知識は、インターン先の方に聞いたことをもとに自分で調べて学習を進めることが多かったです。法律については社労士の勉強をしたリ、カウンセリングについては産業カウンセラーの研修を受けたりして勉強していました。
一般的に、大企業ではごくまれに新卒や未経験の採用があります。大企業は教育プログラムがしっかりできているので、それに沿って産業保健に関するスキルアップを行っていきます。
一方で、教育体制が整っていない企業に未経験の看護師・保健師が採用されることはなかなかありません。そもそも、募集条件が「企業経験が何年以上」というものばかりで、なかなか入れない状況があります。
ただ、私自身は、産業保健は働きながら必要なスキルや知識を身につけられる分野だと思っています。実際に、当社のリモート産業保健に従事する看護職の方々も未経験から始めています。
石田さんの働き方[ある1日]
5:30~6:00 | 起床 |
---|---|
9:00~ | 出社。メール、社内チャットの確認 企業に訪問し、面談や産業保健のアドバイス。日によって新しく入った看護師・保健師に研修や面接、面談 |
12:30 | 昼休み1時間 |
13:30~ | 企業訪問。事務作業(看護師からの相談のチャット返信、 ほかの方の記録をチェック、企業からの質問に返信) |
18:00 | 退社 |
19:00 | 帰宅、入浴、料理 |
20:30 | Netflixを見ながらご飯を食べる。愛の不時着にハマり中。パートナーと雑談、晩酌、読書 |
22:00 | 就寝 |
産業看護職にはどんな人が向いているか、また向いていないと思いますか?
1つは、面談の機会が多いので相手に寄り添いながら話を聞くことが得意な人、もう1つは全体の雰囲気をつかみ予測して動ける人が向いていると思います。
産業看護職は従業員以外にも人事労務担当者、産業医、相談に来た従業員の上司など、多くの方と関わる職種です。従業員とだけやりとりすればよい、という狭い視野では効果的な働きかけはできません。関係職種それぞれの役割や動きを包括的に捉えながら、対象となる従業員の健康状態がどのように変わっていくか、会社としてはどのようなサポートが必要になってくるかを予測して動いていきます。これによって、その人の健康状態にプラスになる働きかけができるのです。
面談対象者から「この人に話せて良かったな」と思ってもらえると、その先にある健康という本来の目的も果たしやすくなります。
反対に、コミュニケーションに苦手意識を持っていると産業看護職には向かないなと思います。私自身とても気をつけているのですが、1回の面談で「もう話したくない」という感情を抱かれると面談拒否につながり、スタートラインにすら立てなくなってしまいます。
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産業看護師には、どのようなスキルアップの道がありますか
産業看護師のスキルとして身につけられるものには、知識・面談の手技・ヒアリング内容のアセスメント能力など多岐にわたります。健康診断結果に基づく保健指導では知識の専門性を高める必要がありますが、実際に経験を重ねるなかで、面談内容をどのように今後へ生かしていくかというパターンを増やしていくこともできます。
もう1つ大切なものは、法律です。産業保健では労働契約法の安全配慮義務や労働安全衛生法など相当量の法律の知識が必要となり、産業看護職はその知識をきちんと身につけておかなければなりません。企業が「法律周りのことを知りたい」と私たちに質問してきたときには、きちんと回答すること。これは信頼関係を構築するためにとても大切なことなのです。
ここが抜け落ちると、せっかく面談や保健指導に必要な知識を身につけたとしてもそれを使う機会が減ってしまいます。まずは法律の知識を身につけて、社内における信頼関係を築き、機会を得ていく。それから産業看護職として介入していくことが大事になります。そういう意味で、法律の知識は大切です。
産業看護師には、どのようなキャリアアップの道がありますか
大きく分けると、企業内でキャリアアップする、もしくは企業を変えてキャリアアップする、この2つです。同一企業内でのキャリアップを考える場合、産業看護職として勤めながら昇進していく形をとります。業種の異なる企業を担当して経験を積みたい方は後者になりますね。さまざまな健康課題に対するアプローチが学べるので、これも1つのキャリアアップになります。
いずれを選択するにしても、産業看護師としての基礎は大切です。未経験で産業保健に入る場合は、大企業などすでに産業看護師が働く環境が整っているところを選択するとよいです。大企業では、面談担当、保健指導担当、健康診断担当とローテーションを組んでいるところもあります。産業保健という1つの部署があるような感じです。
基礎が身についたら、産業看護職を新規採用して体制を構築したい企業に転職し、立ち上げに携わることもできますね。フリーランスとして保健指導業務の一部を受け持つ方、看護学校や大学で産業保健を教えてる方もいらっしゃいます。
このように、一通りの経験を積むことで、自分の働き方の幅を広げられます。