看護師の働き方を紹介するコーナー。第5回は、外科やオペ室を経験し、精神科の患者さんが苦手だったにもかかわらず、現在はその魅力にハマり精神科訪問看護師になった谷川寛郎さん。18年目にしてようやく看護師の仕事が面白くなってきたという谷川さんに、ここに至るまでの経緯や苦労、やりがいなどを聞いてみます!
精神科訪問看護とは、訪問看護との違いは?
精神科訪問看護では、精神疾患または精神障害を抱える人が対象となります。主治医の指示書に基づき、精神科の専門知識・技術を持った看護師が自宅を訪問し、利用者さんにとって必要なサポートを一緒に考えていくのが仕事です。
精神科訪問看護師は:bold、精神疾患や障害をもっている人のQOLを高め、その人らしく生きるために、今ある症状とつき合いながら生活を組み立てていくお手伝いをしています。そのために利用者さんがもっている力を高める働きかけに努め、本人の感情や思いを大切にしながら関わっています。
訪問看護と精神科訪問看護は、どのように違いますか?
利用者さんのなかには身体的な疾患を抱えた人もいるため、基本的なバイタルサインは測定しますが、精神科訪問看護師が身体的な部分を看たり、医療的な処置をすることは比較的少ないです。入浴介助なども行いません。
ただし「病気をもちながら、生活をどう組み立てていくのか」を考え援助するという点では、他の訪問看護とも共通しています。そのためにコミュニケーション技術を中心に使っていることが、精神科訪問看護の特徴です。
よく「精神科訪問看護師は利用者さんの自宅に伺って話をするだけなのか?」と聞かれるのですが、そうではありません。ただ話をしているだけのように見えて技術を駆使し、目的をもって話しています。ここが他の訪問看護師と精神科訪問看護師の違いかもしれません。
対象となる利用者さんはどのような疾患や状態の方が多いのですか?
統合失調症、鬱病、躁鬱病、発達障害、自閉症、産後うつなど、さまざまな疾患を対象としているのですが、私たち訪問看護ステーションみのり東京事務所には、アルコールをはじめとする依存症の方も多いです。
利用者さんに多い症状は、妄想や幻覚、うつ状態などでしょうか。発達障害の人も多いですね。自傷のある人、不穏になる人もいますが、他者に対して危害が及んだり訪問で危険が伴うことは、一般的にイメージされるほど多くはないです。精神科訪問看護に限らず一般的な訪問看護と同じぐらいではないかと思います。どちらかというと家に引き籠りがちな方が多い印象です。
精神科訪問看護を受けるのは、「自分で生活できない状態になった人」と思われがちなのですが、それは違います。そもそも生活できないところまで病状が悪化すれば病院に入院となります。
例えば「(幻聴で)神様がごはんを食べるなと言う」と言って、何日も食べていない状態、または家族への暴力や自分を傷つけるような状態で生活が成り立たなくなると、入院になることが多いです。基本的には自傷などが多少あっても、自分でなんとか生活を組み立てている人が精神科訪問看護の対象となります。
精神科訪問看護師の役割と必要とされる視点を教えてください
薬や金銭の管理が中心と思われがちですが、私たちの役割は利用者さんの「自立」に向けた支援をしていくことであるため、一方的に「あれをやりましょう、これをやりましょう」と指示したり、生活を管理することはありません。あくまで症状や生活上の困りごとに利用者さん自身がうまく対処し、生活を組み立てられるようになることを大切にしているのです。
そのため、私たちのステーションでは「看護目標」の代わりに「長期目標」というものを利用者さんと一緒に考えて設定します。利用者さん自身の「どんな生活、どんな人生を送りたいのか」に焦点をあて、訪問スタッフと利用者が一緒に考え設定するのです。これを達成するための計画も一緒に考えてつくります。
「長期目標」の設定や計画づくりを上手に進めるために必要な視点は2つあります。まず1つ目は、利用者さんと自分自身に対する視点です。言い方を替えれば「利用者さんを知る」そして「自分自身を知る」ことです。
利用者さんを知るために大事なことは疾患の理解です。例えば、発達障害の方は言語化が苦手で視覚情報の方が理解しやすいという傾向があります。ならば映像や図を使って説明した方が理解しやすいかもしれません。また、感覚過敏がある方は大きい音や明るい場所が苦手。ならば室内の少し暗い部屋で、落ち着きのある声で話そうという判断ができます。
このように疾患理解は相手の理解につながり、相手に合わせたコミュニケーションが取れるようになるのです。そうすることで、相手が普段どんな生活を送っているか、今までどんな経験をしてきたか、どんな思いがあるのかを聞き出すことができます。こうして利用者さん自身の性格や特徴を知っていくのです。
2つ目は、利用者さんとの共通性を探る視点です。私がよく使うのは年齢です。例えば利用者さんが45歳なら、「兄と同じ世代だ。それならトシちゃん世代だ」と共通の話題を見つけ出すことができます。親と同じ世代ならビートルズ、自分と同世代ならミニ四駆など、年齢を手掛かりに話題を見つけ、コミュニケーションを深めていきます。
他にも部屋の中を観察したりします。利用者さんは部屋に好きなものを置いていることが多い。それを会話の入り口にしたり、好きなビデオを一緒に観たりもします。
精神科看護師としての役割を遂行するためにも、利用者さんとの信頼関係は重要です。こうして共通の話題や時間を共有していくことで信頼関係を構築し、「この人なら相談できる、私のことを理解してもらえる」と感じてもらうことが大切なのです。
谷川さんの働き方[ある1日]
06:30 | 起床 |
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07:45 | 子どもを保育園に送ったあと出勤 |
08:45 | 事務所到着。書類の準備、昨日の特記事項確認、その日の訪問ルートやスケジュールの確認 |
09:00 | 始業。訪問する利用者の情報確認 |
09:10 | 訪問先へ |
09:30 | 1件目訪問。平均して30~40分滞在 |
10:30 | 2件目訪問 |
11:30 | 3件目訪問 |
12:30 | 休憩。外で食べることもあれば事務所で食べることも |
13:30 | 4件目訪問 |
14:30 | 5件目訪問 |
15:30 | 6件目訪問 |
16:00 | 事務所に戻り記録の修正、他のスタッフとの情報共有、関連職種への連絡など事務作業。今は感染症対策のためここで帰宅 |
17:00 | スタッフで集まり情報共有など |
17:30 | 明日のスケジュール確認など、シフト調整、支援者連携など |
18:00 | 退勤 |
18:40 | 帰宅。食事、入浴、家族と団らん |
21:00 | YouTubeを見たり、本を読む |
22:00 | 就寝 |
精神科訪問看護師はどんな人が多い?
精神科は男性看護師が多いことが1つの特徴ですが、精神科訪問看護ではより男性が多くなります。病院の精神科に勤務しているとき、男性の割合は3割前後でしたが、いまの事業所では半々ぐらいです。スタッフに作業療法士がいることも関係しているかもしれません。
もう1つの理由として、自分で訪問看護事業所を立ち上げたいと思う男性看護師が多いからではないでしょうか。看護師が独立しようと考えたとき、わかりやすい方法が訪問看護事業所だということもあると思います。
どんな人が向いていますか?
この仕事に向いているのは「自分と向き合うことができる人」だと感じます。訪問看護をしていると、利用者さんに拒否されたり、苦手と感じる方の家に訪問しなければならないことがあります。そのとき「症状のせい、相手のせい」とすべてを利用者さんのせいにするのではなく、自分に責任を返せることが大切です。自分と相手との間に何が起こって拒否や苦手意識が生じたのか、しっかり振り返るのです。そのためには、教育担当スタッフや上司と面談し、利用者さんとのやりとりを振り返り、細かいところまで詰めて考えるなどの振り返りもやっています。
僕の場合は、なにかと批判的な利用者さんが苦手でした。上司との面談でそのことを振り返った結果、自分自身を批判されることがすごく苦手だということがわかりました。同時に「批判ばかりする人は、他人に見下されたくない思いが強く、何かを改善したいというより、自分を守るための行為なのだ」という、利用者さん側の思いにも気づきました。
最初は、訪問して批判されるたびに落ち込んでいたのですが「そもそも自分自身に批判される要素はほとんどなかった」ということにも気づき、お互いの関係性を冷静に見れるようにもなりました。それからは批判される場面があっても「あなたはそう思ってるんですね」とそのままを受けとめることができるようになりました。
お互いの行動、言葉のやりとり、その意味、そこにあった感情、今後同じような場面でどう対応するか、具体的にどんな言葉で返すかを含めた「自分自身の在り方」まで振り返ることが大事になってきます。
向いていないのはどんな人ですか?
「自分と向き合えない人」です。向き合う勇気がない人ともいえます。人は何かトラブルがあったり関係性がうまくいかないとき、その理由を他者のせいにする傾向があります。うまくいかない原因は、少なからず自分にもあるものですが、他者のせいにしてしまうと、変えられないはずの他人に対してエネルギーを向けてしまうことになるためです。
また、利用者さんに巻き込まれてるのに自覚がなかったり、指摘すると「でも」「だけど」と言い訳を考え、自分自身を冷静に振り返ることができない人も向いていないといえます。巻き込まれるのは仕事上、避けられません。ただ「自分はこういう場面で巻き込まれやすい」と自身の傾向や特徴を知っておくことが大切です。
他罰的な人は最終的に、自分だけがつらい、自分だけが疲れてると感じてしまいやすく、同じようなトラブルがあったときに対処できずに失敗も多くなるため、最終的にいきいき仕事ができなくなってしまうと思います。
どんな経歴の人が多い? 必要なスキルは?
やはり精神科病棟を経験したスタッフが多いですが、私の事業所には未経験者も2人います。精神科看護師として必要なスキルとして、傾聴するスキルや疾患の知識など基本的なものは必須になります。
ただスキルは働いていれば身につくので、最初から必要かといえばちょっと違うかもしれません。私自身はスキルより仕事に臨む姿勢が大事だと思っています。同じ精神科でも訪問看護は舞台が在宅の場に変わるため、精神科で働いた経験が長くその経験や知識にしがみついてしまうと。つまずきがちになります。さきほどお話しした精神科未経験のスタッフ2人も、臨機応変に現場から学んでいく姿勢ができていたので、働いて半年ぐらいで一気に力をつけました。
なぜ臨む姿勢が必要かというと、精神科看護では「自分自信をケアの道具とする」といわれているためです。自分の強みを知ることが大切なのです。精神科看護では人格と人格の掛け合わせによる相互作用でケアが展開していくため、自分の話し方、相手との関わり方を把握し、柔軟に相手と場に合わせて活用できることが鍵になっていきます。
また他人の家に上がることを嫌だと感じないことも重要です。特に精神疾患をもつ利用者さんのなかには、状態によって片づけが難しい方もいます。いわゆるゴミ屋敷に上がることが嫌でこの仕事を離れてしまう人もいます。僕自身も最初ゴミ屋敷は苦手だったのですが、訪問しているうちに慣れてしまいました(笑)。
どんなスキルアップの道があるの?
大学院への進学、日本看護協会の精神科認定看護師・精神看護専門看護師などの資格取得があります。最近ではオープンダイアログに関する勉強も盛んになってきてます。ほかにも家族アセスメント/支援モデルの勉強や行動療法的家族療法などの勉強、WRAPや認知行動療法の研修などがスキルアップの手助けになります。さまざまなケアがあるので、興味を持ったものを勉強すれば、日々の精神科訪問看護に活かしていけると思いますよ。
どんなキャリアアップの道があるの?
管理責任者などの役職に就く、独立して訪問看護事業所を立ち上げるなどでしょうか。みのりの母体であるトキノ株式会社は、訪問看護以外の事業も展開していますし、私自身は経営の勉強のためにも訪問看護以外の事業や人事管理、営業などの一般企業にあるような業務の役職も経験してみたいと考えています。社内起業なんかも面白いかなと思っています。
スタッフのなかには訪問看護で学んだコミュニケーション技術を使って、まったく別分野で活かすことを考えている人もいます。看護で培った経験を他分野で活かすことも、1つのキャリアアップかもしれませんね。