近年、口腔ケアが全身にもたらす予防効果が明らかにされています。口腔ケアは、基本的な看護ケアですが、その手順、物品選び、疾患に配慮した個別対応がわからないという声もよく聞かれます。獨協医科大学病院では、研修会や認定試験を通して、口腔ケアリンクナースを育成し、各病棟に合った口腔ケアを構築しています。ゼロから始めたその取り組みを、足かけ4年を経て軌道に乗せた看護師に話を聞きました。
「やりたい人!」が集まるリンクナース育成研修会
午後5時。獨協医科大学病院の講義室に、看護師が続々と集まります。この日は、院内口腔ケア委員会リンクナース育成研修会の開催日です。
各部署より募った1人から数人、合計約30人のリンクナース候補生たちは、月に1度開催される講義と実習によるこの研修を受け、約半年で口腔ケアの知識と技術を修得。12月には、院内口腔ケアリンクナース認定試験を受験。合格すると、口腔ケアリンクナースとしてそれぞれの部署に関する口腔ケアの啓発活動、入院患者さんの口腔ケアの質向上に努めます。
2007年、『口腔ケアの向上』が同院看護部の目標に上がり、口腔外科看護師長の森川純子さんが、看護部口腔ケア委員会委員長を任され、3人の主任ナースとともに活動を始めることになりました。そのなかで、森川さんが、上司のアイデアを得て立ち上げたのが、口腔ケアリンクナース制度です。
「『まずは、やる気のある看護師を集めよう』ということになりました。委員会活動のように振り分けられた役割として参加する人ではなく、口腔ケアについて学んでみたいという意欲ある看護師がほしい。学んだ知識を各部署に持ち帰って、口腔ケア実践の中心メンバーとして活動してくれる人たちが必要だからです。口腔ケアを学んだ上で活動できる、『口腔ケアリンクナース育成研修会』を作ったのです」
口腔ケアリンクナース育成研修会の様子。5~11月のカリキュラムは、講義と実習からなる。講師役は、口腔ケア委員、口腔ケア病棟の看護師や歯科衛生士、口腔外科医師などが協力して行う
院内口腔ケアリンクナースがつける認定バッジ。歯ブラシの杖のピンク色は、健康な歯茎の色をイメージしてデザインした
突然、委員長に任命され一から学び直す
この研修会は後に、多職種が協同して院内全体の口腔ケア委員会で主催され、これまでに約70人の口腔ケアリンクナースが誕生。各現場の口腔ケアの実践力を向上させています。とはいえ、森川さんが委員長に任命されたときには、このような青写真はまったく見えていなかったといいます。
「委員会ができてすぐ、口腔ケアマニュアルの作成に着手しましたが、ほかに実践に役立てられることとして、『いったい、何をしたらいいのだろう』と目標が見えず、正直、不安でいっぱいでした」
手術室勤務や婦人科系、心肺内科病棟を経験し、実績を積んできた森川さんが、口腔ケアの分野に足を踏み入れたのは、2005年に師長として口腔外科病棟に異動になってからのこと。「まずは、口腔ケアのしっかりとした知識を身に付けなくては」と、委員会メンバーと日本口腔ケア学会や企業が行う口腔ケアの研修会に次々と参加しました。
研修会で学ぶうちにやるべきことが見えてきた!
研修会では、VAP予防、口腔乾燥の予防、摂食・嚥下の機能の保持など、病棟ケアのなかで生かすべき口腔ケアの意義について最新の知識を得られました。一般病棟の看護師が担う口腔の維持ケアとしては、洗浄だけでなく保湿が大切で、その実践法も揃えるべき物品も普及させなくてはいけないなど、取り組むべきことがみえて来ました。同時に、口腔ケアについて一から学び直したことは、後の研修会づくりに、大変役立ったのです。
「後で振り返ると、自分たちが改めて理論や実践を学び直したから、受講する人たちが疑問に感じるポイントを効率よく教えられる研修会になったのだと思います」
企業による研修会では、実習付きのコースを、森川さんたちは選んで受講しました。「看護師同士がお互いを相手に実践してみることで、力のかけ具合やブラッシング物品の感触など、ケアされる側の感覚がわかります。後に看護師に教えるときのポイントを把握することができました」
森川さんは他の委員などとともに、口腔ケア学会認定4級資格も取得。完成したマニュアルを各病棟に配布し、依頼のあった病棟で勉強会をしたり、実習付きの講演会を行い、院内への周知を図っていったのです。
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