• 公開日: 2009/4/1
  • 更新日: 2020/4/1

【連載】この人に聞く 訪問看護のいま・みらい

その人らしい生活を支える訪問看護を広めたい|岡島さおりさん

医療での在宅移行が進む現状において、さまざまな状態の在宅療養者が増えています。そういった方々に対応するため、これからの訪問看護にはどのような取り組みが必要なのでしょう。公益社団法人日本看護協会で在宅看護・介護福祉関連を担当している常任理事の岡島さおりさんに語っていただきました。


在宅療養者が安心して暮らすためには看護の活用を

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 在宅看護としては、訪問看護が代表的ではありますが、近年では「自宅」の概念は多様化しており、サービス付き高齢者向け住宅、有料老人ホーム、高齢者専用賃貸住宅など、高齢者の“わが家”はさまざまなかたちになっています。これに伴い、在宅看護では、それぞれの「在宅」に適した看護提供を考えていかなければならないでしょう。

 しかし、医療機関や介護保険施設とは異なり、グループホームや高齢者専用賃貸住宅、そして自宅など、看護師の配置が定められていない「在宅」においては、看護はいつでも提供できるわけではありません。そこで過ごす本人や家族による意思表示がなければ提供には至らないのです。

 在宅で過ごす場合、人はどうしても生活に着目しがちで、円滑な暮らしのためにと、家事が滞りなく行われることを優先に考えてしまいます。しかし、体の状態を適切にコントロールすることが、日常での自立した生活の維持につながることは忘れてはなりません。医療的な目が行き届きにくい環境になると、症状を悪化させてしまい、再入院になるケースが出てきます。療養生活に対する支援は、在宅療養者の健康を適切に保ちながら、できることは本人が行い、不足する部分はサービスで補うというように、総合的なバランスをみて組み立てることが大切になります。

 このように、在宅療養者が安心できる暮らしを実現するためには、在宅看護は欠かせないものです。それを広く理解してもらうためには、生活の場における看護の有用性を知ってもらうことが必要でしょう。
 
 看護を提供する立場からいえば、在宅療養者がどのようなレベルであっても、看護を提供する意義は変わりません。症状が軽度の方に対しては重度化の予防を、重度の方にはさらなる重度化の予防と症状緩和を、いくつかの疾患を合併している方には異常の早期発見と治療への橋渡しをというように、看護では、状態を見極めそれに合わせて対応することができるのです。

情報提供や連携がこれからの訪問看護のカギに

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 在宅看護の多くは訪問看護によって提供されます。訪問看護は、医療保険と介護保険での2つの利用が可能ですが、特徴としては、医療保険による訪問看護は、医療ニーズが高く、在宅で医療的処置・ケアが必要な方が対象になることが多くなります。また、介護保険による訪問看護の場合、介護支援専門員(以下、ケアマネジャー)が立てるケアプランに組み込まれることで実施されます。つまり、利用者本人や家族の希望に加えて、主治医意見書に明確な指示が記載されなければ、ケアマネジャーがどのようなプランを立てるかで訪問看護の機会の有無が決定されることになります。

 このようなシステムから、訪問看護ステーション(以下、ステーション)は依頼を待つといった姿勢にならざるを得ないのは事実です。しかしこれからは、ステーション自らが、ケアマネジャー、地域住民に対して情報提供の機会を増やしていくことが大切になってくると思います。

 訪問看護の役割について、疾患への対応や予防、人生の最終段階に向けたケアの方法についてなど、在宅療養に必要な情報をステーションや訪問看護師が独自に発信することが、地域の人たちがどのようなニーズをもっているのか、医療・看護を必要とする人が隠れていないかなどの情報を収集することも可能にします。そして、それをケアマネジャーに還元することは、在宅療養者の暮らしを総合的に支えるケアプランの立案につながるかもしれません。

 その一方で、医療機関とのパイプを太くしていくことも検討する必要があるでしょう。医療保険による訪問看護に限らず、ステーションを地域全体で活用してもらうためには、特に看護師同士の事業所を超えた連携を深められればと考えています。訪問看護師が、病棟看護師、退院調整看護師、外来看護師、時にはほかの事業所の訪問看護師と信頼をもってつながり、情報を共有することで、地域内で支えられる在宅療養者を増やすことが期待できます。残念ながら、現在はそういった連携に対する診療報酬上の算定はありませんが、地域包括ケアの視点からは必要な連携であり、それに対し何らかのインセンティブをもたせることが推進の後押しになると考えています。

日本看護協会が進める「訪問看護師倍増策」とは

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 国による地域包括ケアシステムの構築は、団塊の世代が75歳を迎える2025年を目処に進められています。その時点で目標とする訪問看護師の数は12万人。しかし、現状のままの推移ではその数は約7万6000人にとどまると推計され、4万5000人もの訪問看護師が不足する計算になります。
 
 このような事態を回避するため、日本看護協会では「訪問看護師倍増策」を策定しました。ここでは「訪問看護従事者の増加に向けた方策」「人材確保のための基盤整備に向けた方策」「総合的な推進・支援に向けた取り組み」という3つの柱のもと8つの方策が掲げられています。


日本看護協会「訪問看護師倍増策」

【訪問看護従事者の増加に向けた方策】
〈訪問ステーションの拡充〉
・方策1 訪問看護ステーションの大規模化
・方策2 複数事業者の連携による業務の共同実施
 
〈医療機関からの訪問看護の提供〉
・方策3 24時間対応可能な支援体制の強化
・方策4 医療機関における訪問看護人材の確保
 
〈訪問看護師の採用・育成〉
・方策5 新卒看護師採用・育成の強化
・方策6 潜在看護師、プラチナナース等の就業および転職促進

【人材確保のための基盤整備に向けた方策】
・方策7 職場環境の改善および訪問看護の周知

【総合的な推進・支援に向けた取り組み】
・策8 訪問看護総合支援センターの設置


 医療ニーズの高い在宅療養者の急変やトラブルの対応に常に備えることは難しいという小規模ステーションは少なくありません。そこで、方策3で挙げているように、24時間365日対応が可能な人材を有する医療機関がステーションを併設し、地域のステーションと補完し合い共同できるようにして、1人の方を最期まで支えられるようにします。
 
 例えば、術後で状態が完全に安定していないような時期は医療機関のステーションが、その後の回復期・療養期は地域のステーションが看護にあたり、万一急変した場合は医療機関に入院できるようにするという具合です。これをうまく機能させることは、地域のニーズを網羅することにつながります。
 
 また、人材育成が大きな負担になるというステーションでも新卒看護師が採用できるよう、地域における訪問看護師教育を一元的に担う拠点を設置しようというのが方策5です。新卒からステーションに就職したいと希望する看護師が看護の知識や技術を習得し、安心して働くことができるように、研修中の実働の場として機能強化型訪問看護ステーションの活用も視野に入れ、教育プログラムの標準化も目指します。きちんとしたトレーニングを受けた看護師が訪問していることを地域の人々に知ってもらうことで、訪問看護に対する信頼を高めることにもなります。
 
 方策8で登場する訪問看護総合支援センターは、地域における訪問看護提供体制の安定化・推進支援を図る拠点です。都道府県の看護協会、ナースセンター、行政、関係団体を結び付けることで、それぞれの業務を効率化するほか、地域のステーションが抱えている問題や課題を解消し、教育・研修、採用業務などを一元化する機能も備えるという構想です。また、方策2に掲げた業務の共同実施の推進も行い、ステーションが事業所としてより力をつけられるよう支援します。
 
 現在、国による訪問看護に特化した施策はなく、都道府県の訪問看護関連施策に対する取り組みには差があります。本会では、この訪問看護師倍増策を一体的に実施・推進することで、訪問看護師を増やし、安定した地域包括ケアシステムを支えていくことを目指しています。

生活のなかで人を支える訪問看護の魅力

 看護師が病棟で接しているのは、あくまでも「患者」です。家族背景や生活状況、社会的背景を知っていても、看護師がみているのはその方の断片でしかありません。そして、本人もまた「患者」「ケアを受ける人」として過ごしており、本来の自分を表出せずに過ごしていることは少なからずあると思います。

 もし、病棟看護師が自宅にいるその方の様子を目にしたら、きっと驚くと思います。家族との会話の様子や関係性、意思決定の仕方などが違っていることに気づき、それが本来の姿であることがわかるでしょう。在宅では、いちばんその人らしい状況において看護を展開することができます。そしてそれが、その人がもっている力の発揮につながり、より安心した暮らしを実現させます。

 本人らしい本人らしい生活のなかでその人を支えられることに訪問看護の手応えがあり、それが変え難い魅力になっているのだと思います。


協力:公益社団法人日本看護協会

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