在宅看護は利用者様の看護だけでなく、心身のご苦労を抱えているご家族に寄り添うことも大切なこと。看護師・前田の一言が、ご家族の心を軽くすることになったエピソードをご紹介する。
張り詰めた糸が切れそうになって
連絡ノートを通して、A様ご家族とA様の様子を伝え合っていた前田。ノートにいっぱい書かれていたキーパーソンである娘からのコメントが次第に少なくなり、ついには1か月ほど記入がなくなっていた。
「おかしい、どうしたんだろう……」、前田は心配になった。ちょうどその頃、ケアマネジャーからA様がエレベーター内で便失禁してしまったことを聞き、様子を聞くために前田は娘に電話をしてみたのである。
「大丈夫ですか? 最近いろいろあったようですが……」
前田が話し出した途端、「全部が私に降りかかってきている、もうパンクしそうです!」と電話口で号泣する娘の声が聞こえてきた。家族の間で諍いが起きていたようである。
A様は、薬はきちんと飲まないで酒を飲んでしまう、そのうえ便失禁――。「便の処理をするために家に帰ってきてるんじゃない、施設へ入れてしまえ」と吐き捨てるように言う父。精神疾患があり頼れない弟。「父には、母が元気なうちは家にいてほしい。父は母に対して愛情がないから、施設に入れるなんてひどいことを平気で言えるんだ」と娘は訴えたのだ。
1人で頑張らなくていいんだよ
前田はじっと聞いていた。自分の両親がこのような状態だったら、とても辛いだろうと考えながら。板挟みになる娘にとって、施設入所は仕方がないのかもしれない。でも前田はこう言った。「大丈夫ですよ、心配しなくても、私たちケアプロがサポートしますから」
鬱積していたものを吐き出して少し落ち着きを取り戻したのか、「そうですね、1人だと思ってました」と娘は言えるようになっていた。現在、A様の状態は変わらないものの、ご家族は落ち着いてA様の在宅療養を支えている。1人で頑張らなくていいんだよ、その一言がご家族の心を軽くしたのかもしれない。
前田は、在宅看護とは利用者様だけでなく、ご家族の看護も必要なんだと考えさせられた。
「疾患や治療のことだけに注目しがちだが、人と人とのつながり、関わりこそ在宅看護の本質ではないかと思います。アクションを起こすことも大事だけれど、話を聞き、1人じゃないよ、皆と一緒にやろうね、と伝えることの大切さを学ぶきっかけになりました」
さらに前田はこうも話している。
「僕たちがいかに力を発揮するかで、その人の療養生活や最期の質が決まることをひしひしと感じています。僕たちが関わる1時間という短い時間によって、利用者様とご家族の明日や来年が変わるんですね」
関心のない分野に配属された前田だったが、今では「医師でも介護士でもなく、看護師が在宅へ行くことの意義は大きい」と在宅看護にのめり込んでいる。