看護師は夜勤のラウンドや訪問看護など、患者さんの健康状態を確認する機会が多くありますが、患者状態を適切に判断するためには、プライマリ・ケアの技術が大いに役立ちます。
本連載では、拠点病院などによる後方支援を期待できない土地で、医療・検査機器などもない患者宅で医療を提供する「へき地医療」を通じ、“究極のプライマリ・ケア”と地域医療の実際を解説します。
『ユタ』ってご存知ですか
みなさんは「ユタ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
沖縄に古くからいるシャーマン(祈祷師、霊媒師)の一種で、現在も多くの人が冠婚葬祭や病気、悩みをはじめとした様々なライフイベントで除霊したり予言してもらう際に利用してます。
「怪しい」「そんなもの科学ではない」という批判はごもっともですが、沖縄には「医者半分、ユタ半分」という言葉があるくらい、そこに患者の救いが見出される場合もあります。
私も沖縄本島で病院勤務している際に、体が痛いといって泣くほど苦しむ入院患者になすすべがなく困り果てていると、「病院でこれだけ検査しても治療しても良くならないなら外泊してユタに相談したい」と患者さんから言われたことがあります。
波照間島でも原因不明の関節痛でいくつも検査をし、膠原病内科、総合診療内科、精神科、消化器内科などを受診して、歩けない、ペンも握れない、となった人が、結局ユタの除霊で症状が改善したこともありました。
ユタによる癒しは科学的には根拠のないことで、プラセボ(偽薬)効果かもしれませんし、心理療法の一種と言えるのかもしれません。
プラセボを医師が処方することは患者への裏切り行為とも言え、自分が患者であったら、できることならプラセボは処方されたくないと思います。
しかし同時に、オズの魔法使いは本物の魔法使いではありませんでしたが、オズの国はその「偽の魔法使い」によってみな幸せに暮らしていたのです1)。
医療の目的とは
実際の現場でもエビデンスに基づく医療が患者の苦痛や病いを治癒し得ない時に、医療の無力さを感じることもあります。
ましてや治療の効果もなく患者が苦しんでいると何のために治療しているのかわからなくなりそうな時もあります。
そうした時には、治療の真の目的(アウトカム)は何であったのか考えさせられます。極端な言い方をすれば、離島にいるとき私の頭に常にあったのは、薬を出すことではなく、病気を治すことでもなく、最終的に患者や家族、そして波照間島という地域が幸せになっていくことでした。そのために必要な医療を行っていました。
皆さんはACCORD試験2)を聞いたことがあるでしょうか。
これは世界の糖尿病診療を大きく変えるきっかけとなった大規模な臨床研究です。
糖尿病診療において重要な指標であるHbA1cを低下させることは糖尿病のコントロールがうまくいっているという証拠で、当然しっかり下げることは重要だと考えられていました。
しかし、ACCORD試験では厳格に治療した患者(HbA1cの中央値6.4%)と通常の治療を行った患者(HbA1cの中央値7.4%)で比較すると、心筋梗塞や脳卒中の発生、心血管死亡は変わりがなかったものの、厳格治療を行った患者の方が明らかに死亡数が多く、試験が途中で中断された、というものです。
その後ACCORD試験を支持する研究も、支持しない研究も、様々なものが発表されていますが、現在では特に高齢者のHbA1cを厳格に管理する必要はないと言われています。
エビデンス、エビデンスと言われますが、最も重要なものは研究の「真のアウトカム」です。すなわち、その研究成果は、死亡率を低下させるのか。
HbA1cは下がったけと患者は死んでしまったのでは意味がないのです。しかし真のアウトカムを導き出す研究は時間やコストもかかります。したがってHbA1cや血圧などの客観的な指標で代用しているのです。これを「代用アウトカム」と言います。
自分が医療を行なう意味は
離島で勤務していると、目の前の患者にどういった治療をするのがいいのか、究極的な環境の中で迷うことが多々あります。
皆さんの目の前にいる患者の真のアウトカムはなんでしょうか?治療するメリットはなんでしょうか?逆にデメリットはなんでしょうか?
エビデンス、すなわち臨床研究に参加した患者からは、毎日朝昼晩の薬を飲んで、飲み忘れたら怒られて、薬でお腹いっぱいで朝ごはんが食べられなかったとか、治療費を払えないといった患者のストーリーは見えてきません。
治療することは必ず苦痛や生活への侵襲を伴います。
そもそも真のアウトカムは死亡率の低下でしょうか?
本当は患者が満足して幸せな人生を送ることなのではないでしょうか?
そういった意味では死亡率の低下も代用アウトカムと言えるのかもしれません。
医療が解決できない問題を前にすると、患者にとっての真のアウトカムがなんであるか考えさせられます。
忙しい医療現場では、真の治療目的はなんであるのか、自分は何のために医療を行っているのか見失うこともあるでしょう。
波照間島では(当然)最後までユタに紹介状を書くことはありませんでしたが、離島という患者と距離が近い究極の環境に助けられて、常に自分が患者のために医療を行っていることを意識しながら診療することができたように思います。
文献
1.John C. Bailar,III:The Powerful Placebo and the Wizard of Oz.N Engl J Med.2001;344:1630-1632.
2.The Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group:Effects of Intensive Glucose Lowering in Type 2 Diabetes.N Engl J Med.2008;358:2545-2559.