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ある日突然我が身に起こった「人生の壁」とは?

2015/10/1

みなさんの「人生の壁の乗り越え方」を紹介しているこの企画も、今回が最終回。
最終回はナースから少し離れて、はプライベートである「生活」「家族」編です。それでは、どうぞ!
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生活の中での「人生の壁」

協調性に乏しかったこと。イコールわがまま。

担任から指摘されて、直さなければいけないと思いましたが、末っ子で甘やかされて育った私にはどうしたらよいのかもわからず…。
結局、実習や過酷な勤務を日々こなすうちに、自己主張をしていてはやっていけない、いつも思い通りになるとは限らないとわかってきました。情けない話ですが。
今も協調性には乏しいですが、折れる・引く・相手を尊重することは覚えました。

不妊

結婚後1年で子宮外妊娠に後、なかなか妊娠しなくて今考えても人生の中で大変な時期だった。
理解のある夫や友人、親姉妹もいたので不幸ではなかったが、助産師をしていたので「アンタも人のお産ばかりみてないで自分の子どもをつくりなさい」とか「助産師なのに子育て経験がないうちは半人前」など心無い言葉。
他にも夫の両親や親戚からのプレッシャーでかなり参っていた。
運良く夫の仕事の関係で実家の近い方の県外に移り住むことになり、仕事は辞め治療も始め妊娠できた。
子育ても大変だが、不妊はそれどころではなかった。

子育てと仕事の両立

産休明けの頃、地方に済んでいた両親がちょうど転勤で地元に戻ってきたのと、相手のご両親が夜勤の時に旦那さんが帰宅するまで面倒を見ていたのでなんとか乗り越えられました。
日曜には保育所も休園だったので、旦那さんが子育てしてくれました。私一人では絶対できなかったこと。
あの時は、当たり前でしょ。って思っていたけれど、今となってはみなさんに感謝の念でいっぱいです。

親が認知症になった

父がなくなった後、母親が異常な量の買い物を毎日して貯蓄が減り、家事をしなくなり、近隣の人との口論も増え、自分では病状を認識できず、お金がないと私の職場に電話をかけ、姉の嫁ぎ先にも毎日10回以上電話をかけるなど、悲惨な状況でした。
なだめても説明しても一緒に精神科の病院にいってくれず、仕事をしていても心配でした。
他の兄弟は怒ってばかりで、かかりつけの内科は睡眠薬だけ出すのみで相談できず、大変な数年でした。
市場で転倒し救急病院に運ばれやっと入院し道筋ができ、後に認知症の病院に転院しました。救急病院は脳外科の病院でしたが、母に対して笑ったりきつい態度をとったり看護師として反面教師になりました。
精神病院では月の入院費は22万円以上となり、給料の残りのお金で生活しました。特別養護老人ホームにはいるまで、系列の老健に行きました。
この数年間が本当につらく、母のことを考えていない時間はなかったように思います。
この時に接した看護師は良い人もいたし、心ない言動の人もいました。看護の教育の大切さを実感しました。
特別養護老人ホームに入って後、やっと私の生活に安定や静寂がやって来ました。また、介護保険のありがたみを痛感しました。

→親の介護は、誰にでも起こりうることですよね…。
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