開発途上国に派遣され、現地の人々と生活や活動をともにしつつ、保健指導や衛生活動などを行う国際協力ボランティア。看護師の資格を生かしたこんな活動を夢見たことがある人もいるのではないでしょうか。
今回から、志願して国際協力ボランティアになり、モンゴルで活動している佐川香奈さんが、現地からの活動レポートをお送りします。
2012年1月某日。成田空港の出発が30分ほど遅れ、チンギスハン空港に着いたのは21時20分。そこから車に揺られて宿泊先に到着したのが22時30分。外はマイナス30度らしいけれど、覚悟していたよりも寒くはなくてホッとしました。それが私のモンゴル最初の晩でした。
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ユニセフ募金がきっかけで
私は現在、日本のボランティア派遣団体から国際協力ボランティアとしてモンゴルに派遣され、地方の病院で活動することになっています。
私が国際協力に興味を持ったのは小学生のときに参加した、ユニセフ募金がきっかけでした。100円あれば予防接種をして生命を守ることができることを知った私は、同じ子どもなのにと違和感を覚えていました。
毎年行っていた募金活動を通じて、子どもたちの命を守ることに携わりたい、いつか海外の子どもたちを助けたいと自然に思うようになっていき、そして選択肢の一つであった看護師となり、今、モンゴルに派遣されているというわけです。
日本から国際協力ボランティアを派遣している団体には、さまざまなものがあります。民間非営利組織(NPO)が主体となっているもの、非政府組織(NGO)であるもの、相手国からの要請に応えるODA(政府開発援助)に基づくものなどがあります。
支援内容も、開発途上国で環境保全や農業支援をしている団体、紛争地域で緊急人道支援や復興開発支援を行っている団体、被災地での緊急援助を中心に行っている団体などさまざまです。
私の場合は、開発途上国からの「地方病院で、集中治療室における重症患者への看護について改善・アドバイスをすること、訪問看護に協力すること」という要請に基づき派遣されました。実際に行ってみないと分からない状況があるとは思いますが、できることからやっていきたいと思っています。
感謝しつつ私も彼らのために
今年は日本・モンゴル国交関係樹立40周年です。1990年に社会主義体制から市場経済体制に移行したとき、それまでモンゴル経済・社会を支えていた旧ソ連(現在のロシア)が、経済的・人的支援を一斉に中止したため、モンゴルは大きな混乱に陥り、経済活動の停滞やインフラの老朽化等の問題に直面しました。
この厳しい状況のなかで、日本はいち早くモンゴル支援に取り組みました。親日国家であるモンゴルの背景にはこのような経緯があります。
そして東日本大震災のときには、日本もモンゴル政府・市民からたくさんの援助を受けました。物資支援、緊急援助隊派遣、政府義援金のほか、国家公務員全員とウランバートル市役所職員全員が1日分の給料を義援金として拠出することを決定したのをはじめ、多くの民間企業や一般の人々からも日本への寄付が表明され、たくさんの義援金が日本へ送られました。
日本をとても大切に思ってくれるモンゴルの方々に対して感謝しつつ、私はこの国のためにできることを精一杯やっていかなければならないと感じています。
次回の活動レポートに続きます。