テーマ:最も心に残っているエピソード
一粒の栗
末期ガン患者さんとの散歩
訪問看護を初めてまだ数か月の頃、初めて肝臓ガン末期の患者さんを担当しました。
奥様を膵臓癌で亡くされて、お一人暮らしのかたでした。
体調の良いときには、リハビリと気分転換を兼ねて、近くの公園まで散歩をしました。
生きる喜びを感じたもの
秋も深まり、公園に植えてある栗の木の根元に、栗のイガがいくつか落ちていました。
患者さんは栗のイガの中から、ふっくらした一粒の栗の実を拾い、私に「はいっ、秋の味覚。」と渡されました。
受け取って戸惑う私。「たった一粒だけど、栗ご飯にしてごらん。秋が楽しめるよ。」と患者さん。
自宅に持ち帰り、一粒の栗ご飯を炊いていただきました。
炊きあがったご飯の中に、黄色く光る一粒。仄かに栗の香りがしました。
痛みで辛い日々を送る中で、ほんの小さなことにも生きる喜びを見出しているようでした。
それから数週間後、その患者様は在宅で疼痛コントロールができなくなり、緩和ケア病棟に入院されました。
そして以後、二度とお会いすることはありませんでした。
秋になって栗の実を見ると、その患者様のことを想い出します。