医療の場が在宅へと比重が高まるものの、まだまだ知られていない訪問看護。ここでは訪問看護の実際について、エピソードを通じてご紹介します。
利用者だけが、当事者ではない
訪問看護で大切になってくるのは、まず、キーパーソンが誰なのかを把握すること。そこから全てが展開されると言っても過言ではない。
そもそも訪問看護におけるキーパーソンとはどんな存在なのかといえば、『利用者様への看護ケア内容の決定権を握る人』と定義すればわかりやすいだろうか。
キーパーソンを見定め、そこを軸として看護の展開が相談できれば一番わかりやすい。
しかし、家族がキーパーソンであり、本人と意見が別れている場合(逆もしかり)がややこしい。
看護は家族も本人も関わるスタッフも、全てが同じ方向を向いてこそ、よりよいケアを提供できる。しかし、本人は「歩けるようになりたい」と望んでも、家族は「歩けるようになると逆に転倒しないか心配」なため、それを望んでいない。こんな場合はどう関わっていけばいいのか。
どちらかを優先するとどちらかが不満や不安が生じるとなると、いい看護ケアとはいえないため、両者が納得できる打開策を考える必要が出てくる。
目標の焦点を合わせるには…
今回のケースの場合、まずは利用者様の『動きたい』というニーズを満たすため、ベッド上でのリハビリを週1回入れることを提案した。生きる意欲が消失しては意味が無いからである。
筋力の維持増進のためのリハビリが入ることで、本人の生きる意欲は高まり、自主トレのメニューも一緒に考えた。
一方で、家族が心配している転倒のリスクも否定できない。
そのため、ご本人様には、『転倒すると骨折や肉離れを起こし、寝たきりになる可能性もあるため、筋力がつくまでは、絶対に1人でベッドから降りない』ということを約束していただいた。
しかし、家族としては本当に1人で勝手に降りないかどうか不安とのこと。かといって、ずっと見張ってる訳にもいかないと。
それならばセンサーマットをベッドの足元に置けば安心なのではないかと提案。するとご家族は、それならば二階にいてもわかるから安心だと納得。それで、とりあえずの問題は解決したかに思えた。
しかし、やはり歩きたい気持ちは強まるばかり。今度はベッドサイドでのポータブルトイレでの排泄は嫌なため、廊下を挟んだ向かいのトイレまで歩いて行きたいと訴えてきたのである。
この方、意欲はあるものの、歩行状態はまだ不安定。かといって、サポートする家族も腰が悪く介助が困難。だからこそ余計に歩かせることへの不安が高かったことが判明。
ならばどうしたらいいのか―。
このような場合は福祉用具専門相談員さんがいろんな提案をして下さる。
まずは歩行器。これは上半身でしっかりつかまっていれば安定して歩くことができる。そのため転倒のリスクも少ない。しかし、歩行器が通れる幅が常にあるとは限らない。よって、サイズも形態もいろんなタイプがあるため、その部屋に対応できるものを検討する。
また、歩行器ではなく、トイレまでの導線に手すりを配置することも可能である。しかし、これは、ものにより圧迫感があるため嫌がられるケースもあるが…。
今回のケースでは結局、トイレまでの導線に手すりを設置し、トイレ移動は日中のみ、夜間はベッドで尿瓶で対応することで、本人と家族の同意を得られたのであった。
上記のような看護展開で、本人のニーズはある程度満たされ、家族の『歩かせたくない』という不安も、その理由を一緒に考えることで、打開策を見出せる結果となったのではないかと評価している。
訪問看護の目標とは
訪問看護は、入院している訳ではないため、目標が『退院すること』や、病気を治すこと』ではなく、自宅に戻ってからの『その先の生活を充実させていくこと』が1番の目標になると言えるのではないだろうか。
ただ、この事例を通してわかるように、訪問看護はご本人様だけではなく、家族全体を含めたサポートをしていかなければならない仕事ともいえる。 そのため、家族全体の中にある原因をつきとめ、そのような状況にどう関わっていけばよいのかを考えようとする探究心が求められるのである。
看護ケアの展開に模範解答はあったとしても、答えは一つではない。
担当看護師の想いや提案により、いろんな形のプランや答えが生まれてくるのも事実。
そのため、訪問看護は、目標を見定めるために、利用者様やご家族様と何度も話し合いの場を持つことも多い。しかし、だからこそ、信頼関係も深まり、やればやるほど、やりがいのある仕事になっていくのではないかと感じている。