漢方医学の診断方法には、西洋医学と異なる考え方がベースにあります。まずは診断の基本となる「証」のとらえ方について触れてみることにしましょう。
漢方医学の「証」が意味すること
漢方医学での診断は、治療法の診断であることが大きな特徴です。西洋医学では、病気の原因を解明して病名を診断し、その診断名によって治療法が決定していきます。ここが、漢方医学と西洋医学との根本的な違いになっています。
その漢方医学での診断において追究されるのが、「証」です。ここでいう「証」とは、単なる西洋医学での「症状」という概念だけでなく、患者さんの体質であり、その患者さん固有の病態の特徴を意味します。
もともと漢方医学には「同病異治」「異病同治」という言葉があります。これは、同じ病気であっても、患者さんの体質や症状によって処方と治療法が異なり、逆に違った病気であっても、患者さんの体質や病態によっては、処方や治療法が同じになるという考えです。
つまり、西洋医学が患者さん個々の状態ではなく病気を診断してきたのに対して、漢方医学は証(患者さんの体質・病態)をみて、治療法を決定しているということになります。
したがって、漢方医学では患者さんの証が変化すれば、治療法もまたその証に適合した治療法へと変化することになるわけです。
診断のベースになる陰陽論と五行論
中国の伝統医学から発展してきた漢方医学は、その医学理論も古代中国の思想の影響を強く受けています。この思想が「陰陽論」と「五行論」です。
陰陽論とは、一つの宇宙・世界観を表す概念です。世界のすべての物事は大きく2つ――「陰」と「陽」の対照的な異なる性質に分類することができ、それらは互いに関連し合って、万物が構成されているという考えです。
例えば、「明るい(陽)⇔暗い(陰)」「熱い(陽)⇔寒い(陰)」「上(陽)⇔下(陰)」といったように、物事を二面的にとらえていきます。
臨床的にみると、陽証は症状が強くはっきりと現れ、陰証は潜在性であることが多くなります。例えば、風邪をひいた場合、陽証のときは高熱や咳などを訴えますが、陰証ではただ何となくだるいといった訴えが中心になることがあります。
しかし、この陰陽のバランスだけで複雑な事象を説明するには限界があります。後にそれを補うために、5つの要素から森羅万象の仕組みを解釈したのが五行論です。
ここでいう5つの要素とは、木・火・土・金・水で、万物はその属する要素によって性質が異なり、互いに関連し合って世界が成り立っているとしています。
五行論では、木→火→土→金→水→木が促進的な作用関係(相生)に、水→火→金→木→土→水が抑制的な作用関係(相剋)にあり、それによって
相互バランスがとられています。
そして、一つの小宇宙といわれる人体もまた、こうした陰陽五行論によって構成されているという概念が漢方医学にはあり、それに基づいて患者さんをみていこうとする考え方がなされるわけです。
ちなみに、「五臓六腑」の概念にもこの五行論が取り入れられています。木=肝・胆、火=心・小腸、土=脾・胃、金=肺・大腸、水=腎・膀胱に分類され、各臓器の相互作用も五行論の相互関係が適用されます(ただし、ここでの臓腑は、西洋医学での概念と異なる部分があります)。
これらを根底に、漢方医学では診察にあたって、まずは大きく陰陽の二面的なとらえ方をしたうえで、「虚実」「寒熱」「表裏」の3つのポイントから患者さんの状態を判断していきます。さらに「気・血・水」を組み合わせて患者さんに現れた異常な現象(=証)をみて、薬や治療法を選択することになります。
つまり、「虚実」「寒熱」「表裏」「気・血・水」は、証をとらえるための物差しというわけです。
虚実とは
「虚実(きょじつ)」で表すものには主に2つあります。一つは、患者さんの体質・基本的な体力の有無です。基礎体力のある人は「実証」となり、基礎体力が乏しい人が「虚証」となります。
もう一つは、罹患したときにその病気を跳ね返す力=抗病反応です。抗病反応が強ければ「実証」、弱ければ「虚証」となります。
この基礎体力の有無と抗病反応の強弱の関係は密接で、基礎体力があれば病気に打ち勝つ力も強い傾向にあり、基礎体力がなければ病気に抗う力も弱くなりがちです。
ただ、抗病反応の強弱は相対的なものであり、病気の程度や罹患期間などにも影響されるため、経時的な変化が起こってきます。例えば、病気の初期は体力があり、抗病反応が強く実証であっても、闘病生活が続くことで体力が減退して抗病反応も低下し、虚証になってしまうこともあるわけです。
虚実でみる体質の主な特徴は次のようになります。
- 虚証 顔色が悪く、痩せぎみ。胃腸が弱く、食も細く、疲れやすい。夏バテしやすくて冷え性
- 実証 血色がよく、筋肉質でがっしりしている。胃腸が強く、食欲旺盛、活動的。暑がりで発汗が多い
このほかに、病邪からの視点をいれた虚実があります。この点については、第6回で解説することにします。
寒熱とは
「寒熱(かんねつ)」は、患者さんの主観的な感覚によって表現された病気の状態です。患者さんが平時の快適な状態と違って、熱いと感じているのか、寒いと感じているのかで、病気の状態を判断します。
例えば、患者さんの主訴に合わせて観察によって顔が赤くのぼせていたり、発汗していたりすれば「熱」、蒼白であれば「寒」と判断して治療します。体温計で計測してもそれほど熱が高くない場合でも、患者さん自身が「熱い」と感じれば、それは熱となります。
逆に、体温計が高熱を示しても患者さんが「寒い」と訴えたり、手足が冷たかったり、震えていたりするときは寒と診断することができます。
治療としては「熱証」には冷やす処置が、「寒証」には温める処置が行われます。
表裏とは
病気が起こっている場所を示すときに「表裏(ひょうり)」という概念が使われます。「表」とは身体の表面のことで、皮膚と考えることができます。
そして、その皮膚よりも内部が「裏」ということになり、臓器や消化管など皮膚以外は裏ととらえてよいでしょう。
例えば感冒では、表から裏に進行していくと考えられています。つまり、感冒は初め外から入ってくるので、表に病気があります。
しかし、こじれて気管支炎になったら感冒は裏に入ったことになり、さらに腹部や腸に入り下痢や腹痛が引き起こされると、その感冒はもっと深い裏に入ったと考えるわけです。
気・血・水とは
「気・血・水(き・けつ・すい)」は、人間の生命エネルギーと身体の働きを示していて、病理的状態をある程度判断するための観察ポイントと考えることができます。生理学的に平素の正常な状態を把握し、病気によってそれがどのように変化するかを気・血・水でみていきます。
これら3つの要素は体内を循環していて、それぞれがうっ帯、偏在することによって体内に異常が生じ、それがさまざまな病気や障害の原因になっていると考えられています。
これまでお話ししたなかでも、「気・血・水」は大まかな病態をとらえる手段としてとても重要です。次は、それらの異常が示す病態・症状について解説します。
気とその異常
「気」は形として目には見えませんが、身体を支えるエネルギーを意味します。「気力が充実する」「気落ちする」「気が抜ける」など、日常的にも気という言葉はよく使われています。
これらの言葉からも、気とは体内を流れる生命エネルギーととらえられていることがわかります。医学的には、精神神経系の働きに近いと考えられます。
気の異常には「気虚」「気滞」「気逆」があります。
気虚
全身的に気が不足して元気がない状態です。症状としては、元気が出ない、身体がだるい、疲れやすい、意欲・食欲がない、日中の眠気などがあります。原因の多くは胃腸機能低下によるとされます。
気滞
体内を流れる気が、どこかにうっ滞して気の流れが滞っている、いわばストレスの溜まった状態といえます。頭重感、咽喉がつまる、胸苦しさ、不眠、四肢のだるさ、倦怠感などの症状が現れます。
気逆
気は、体内を上から下に流れているとされます。その気の流れが、下から上に逆行している状態です。のぼせ、動悸、頭痛、発汗、不安、焦燥感、顔面の紅潮といった症状がみられます。
血とその異常
「血」の概念としては、物質的には血液を指し、漢方的には血液の機能をも含みます。気とともに体内を巡り、各組織に栄養を与えるものと考えます。
血の異常には「血虚」と「お血(お=やまいだれに於)」があります。
血虚
血の機能が弱くなった状態をいいます。いわゆる西洋医学での貧血も含まれますが、たとえヘモグロビン値が正常でも、機能がうまく作用していない状態のことも指します。
所見として、貧血、皮膚のかさつき、爪の変形が観察されます。また、爪が脆い、髪が抜ける、集中力低下、こむら返り、過少月経といった症状が現れます。
お血
末梢循環が滞っている状態で、さまざまな障害を引き起こします。血管が閉塞して起こる脳梗塞や心筋梗塞も血流が滞っている状態にあることからお血としてとらえられます。
また、足の静脈瘤も血流が滞って血管が腫れるので、やはりお血の一種と考えます。所見として唇や舌の暗赤色化、色素沈着、静脈瘤、目の下のクマなどがみられます。症状としては、口渇、痔、月経異常などがあります。
水とその異常
「水」は赤血球以外の透明な液体–体液や分泌液、尿、浸出液などを指します。また生理的体液を「津液」、病的な非生理的体液を「痰」あるいは「飲」「痰飲」と呼びます。
水の異常には「水滞」があります。
水滞
水が滞ったり、どこかに偏在したり、残帯の量が増えたりすることで、病気や障害が引き起こされている状態をいいます。代表的な疾患としては浮腫があり、ほかに舌歯痕の所見がみられます。
症状としては、めまい、立ちくらみ、頭重感、悪心、下痢などがあります。
次回は、漢方での病気のとらえ方について解説します。
(『ナース専科マガジン』2007年11月号~2008年3月号より転載・再編集)